2014.3.28
  「自治体計画へのシナリオ・プランニング手法の活用について」

                                       主幹  植田 浩一


【1 はじめに】
 未来は不確実である。例えば、今から4年前に東日本大震災や福島第1原子力発電所の事故を想定した人はどのくらいいただろうか。少なくとも一般住民にとってそのリスクが意識されることはなかったと思う。福島県内で実際に起こった事象でさえそうなのだから、グローバル化した現代において遠い国で起こる事象が日本や福島県に及ぼすリスクなど気にもとめないのが普通であろう。

 しかしながら、グローバル化した現代において、外的な要因に基づくリスクは数限りなくある。大災害、地域紛争、重要な会計制度の変更、自由貿易の枠組み変更などなどが我が国の企業経営に与える影響は見逃すことができないくらいに大きくなっている。国内レベルで見ても、例えば、少子高齢化や人口減少は、ある年代までは相当高い確率で予想できるのでリスクとは言えないが、それ以降は国などの施策が影響するためリスクとも言える。また、原発の廃炉作業の巧拙や我が国のエネルギー政策の行方なども本県にとってのリスクといえる。このように私たちを取り巻くリスクは複雑化かつ大規模化している。

 本コラムでは、特にグローバルに展開する民間企業を中心に使用されている「シナリオ・プランニング」について紹介するとともに、自治体における先行事例や当該手法を使う意義や効果、課題などを考えてみたい。

 なお、シナリオ・プランニングの考え方は概ね統一的なものがあるが、その手法については、実行主体が民なのか官なのかによっても異なるし、例えば、1年1年の将来予測を積み上げていくアプローチや10、20年後の将来を見定めて予測するアプローチがあるなど様々である。
  また、特に民間企業では経営戦略に直結するせいか、具体的なプロセスを公表している企業はほぼない。したがって、自治体に導入するにあたってどういう手法が最適なのかも含め試行錯誤している段階ということをあらかじめご承知いただきたい。

【2 シナリオ・プラニングとは】
 シナリオ・プラニングとは、端的に述べれば、将来起こりうる様々な環境変化を洗い出したうえ複数のシナリオを描くことで、不確実な未来に対する対応策を考えるための経営戦略手法である。
  ブレーン・ストーミングによりシナリオを策定するまでの過程で、リスクが洗い出されるとともに、未来に対する洞察力や構想力が高まり、企業価値向上のためにはどうすべきかといった組織的なコンセンサスが高まっていく効果もある。
 シナリオ・プランニングは、石油メジャーであるロイヤルダッチシェル社が1970年代から本格的に取り組んできた手法であり、二度のオイルショック時などにも速やかに対応できたことからグローバル企業などを中心に活用されている。

 ちなみに、我が国のシナリオ・プランニングの第一人者である角和昌浩氏(昭和シェル石油株式会社 チーフエコノミスト/東京大学公共政策大学院客員教授)によると「良いシナリオとは、いかにもありそうな、なかなか否定できない内容のもの、それはそうだねと誰でもコミュニケーションを取る手段としてすぐに覚えられるポータブルな内容のもの」とのことである。

【3 先行事例~小田原市の取り組み紹介~】
 こういったシナリオ・プランニングの手法を活用した計画づくりについては、既にいくつかの自治体で実績がある。本コラムでは小田原市の取り組みを紹介したい。
  なお、「シナリオ」とはどういったものか本コラムだけではイメージがつきにくいかもしれない。その際には、ボリュームの関係上、本コラムに内容を掲載するのは難しいことから、以下より小田原市のホームページを参照いただきたい。

(新総合計画シナリオ集)
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/global-image/units/22815/1-20110110114518.pdf

小田原市では、平成23年度から34年度までの新総合計画の策定にあたって、職員一人ひとりが、既存の組織や事業、予算、人員等にとらわれることなく、今まで以上に視野を広げて計画づくりに携わることが重要と考え、各施策、政策ごとシナリオを作成することとした。そのシナリオによって、複雑な現実をわかりやすく市民に伝え、小田原市の将来に向けた市民と行政の役割や行動のあり方をイメージできるようになると考えた。

小田原市では以下のように「シナリオ」を位置づけた。

新総合計画におけるシナリオとは?
○新総合計画の策定にあたっては、各施策の事業計画をより効果的に立てるために各施策、政策ごとに「シナリオ」を作成します。
○ここでいう「シナリオ」とは、新総合計画の施行期間である平成23~34年の間に、現状から未来に向けて、どのようなプロセスが歩まれる可能性があるのかを複数のストーリーとして描いたものです。
○各施策3つ程度のシナリオを描き、どのシナリオを行政が選択するのかを決定し、選ばれたシナリオを参照しながら、事業計画を立てていきます。



出所:小田原市ホームページ「新総合計画策定におけるシナリオ作成の概要」                             

 シナリオ作成の手順として、平成21年の5月に2週間ほど、庁内で「シナリオ準備セッション」を実施した。これは、シナリオを描く前に、各施策に関連する課の職員が集まり、幅広い視点から対話を行うことによって、各施策(テーマ)を深く掘り下げ、シナリオ作成者の視野を広げるとともに、シナリオを描く素材を得るために行ったものである。
 その後、各施策ごとに複数のシナリオを作成したうえ、多くの職員の意見を取り入れながらブラッシュアップし、平成21年の7月上旬には、最終的に作成されたシナリオをオープンな場で、市長、副市長などの理事者に説明した。さらに、7月中旬には小田原のよりよい未来を創るための垣根のないオープンで自由な対話の場(オープンスペース・ミーティング)を設け、多くの職員が小田原の未来を探求した。

 なお、小田原市によると、シナリオ作成時のポイントは、「未来像を描く上での分岐点は何かということ。将来を見据えたとき、社会経済環境や国の制度などの変化を想定しながら、どのシナリオを選択するのか、その選択したシナリオの実現に向け、行政はどのように関わるのか、市民の役割は何かといったことが重要になってくる。」とのことである。

【4 シナリオ・プランニング手法を使用する意義や効果、課題】
 自治体がシナリオ・プランニングの手法を使用し総合計画などを策定する意義や効果、課題を小田原市の画期的な取り組みを題材に考えてみたい。
  意義や効果としては、第一に、総合計画等計画モノには一般的に、各施策・分野ごと、現状分析とともに将来の施策の方向性を書き込むが、将来について各施策ごと選択肢をならべて議論を戦わせることは多くないように感じる。例えば、エネルギー政策の分野において、今後10年間のあいだに世界や我が国の原発政策がどうなっていくのか、あらゆる可能性を洗い出し本県にとって最良のシナリオだけでなく、最悪のシナリオをベースにした議論もオープンに行ったうえで、角和氏のいう「もっともありそうなシナリオ」を選ぶという作業が遠回りでもリスクヘッジにつながるとともに議論が深まると考える。

第二に、小田原市が作成したシナリオ集は、「地域福祉の推進」から「市町合併と広域行政の推進」まで、33の各施策・分野ごと、シナリオに大きな影響を与えている要因・トレンドをキーワードで整理したうえで、平成23年ごろ、平成28年ごろ、平成34年ごろの年ごと、市民目線でみた各施策・分野のうつろいを記入している。これは、ストーリー仕立て将来を予測するというシナリオ・プランニングの手法に倣ったものと思われるが、世の中やそれを受けた市の施策がこう変われば、典型的には住民の生活はこう変わるということをわかりやすく伝えるという観点からも極めて興味深い取り組みである。

一方課題としては、第一に、小田原市の総合計画の場合、例えばシナリオA一つを選んだうえ、その環境変化を前提に事業構築しているが、本来的なシナリオ・プランニングの考え方からすればAだけでなく、BC・・・のシナリオに基づいた事業も準備しておくことで、急激な環境変化に対応できるようにすることが大事ではある。
  ただ、それを総合計画に本体に載せてしまうとリスクヘッジの意味からは良いが、計画の体をなさなくなってしまう可能性がある。BC・・・のシナリオに基づいた事業をどう扱うかについては今後の検討課題だと思う。

 第二に、小田原市の場合は、職員間の議論によってシナリオを作成したが、職員以外の地域のステークホルダー(利害関係者)も入れて議論することが、職員間や関係者間でシナリオが共有され地域活性化につながっていくのではないかと思う。自分で考えた未来に向かって頑張ろうというコンセンサスが図れるからである。
 一般に総合計画策定時には、アンケート調査や住民懇談会等を行うが、自治体側と住民側の情報の非対称性(一般住民よりも自治体職員のほうが各施策について圧倒的な情報量を持っている)は解消されない。自治体職員どうし、住民どうし議論するよりも、自治体職員と住民が同じ場でフェイス・ツー・フェイスで議論するやり方がその解消につながる。
  議論の仕切りがより大変になるとは思うが、今後の少子高齢化、人口減少に伴う財源不足なども踏まえればどうしても民力が地域力につながってくるということを意識せざるを得ないと思う。地域全体で地域を支える発想と仕掛けが重要となる。

【5 おわりに】
 シナリオ・プランニングの手法を各種計画に活用している自治体はまだ多くないし、その取り組み方も試行錯誤しているような印象も受ける。だが、いくつかの自治体ではその有用性に気づきはじめている。
 民間企業がこういった手法で経営計画を作るのは、あらゆる環境変化を予測したリスク対策をきちんとするという本来的な意味のみならず、そういう備えを持った企業だということ自体が市場に評価され企業価値の向上につながっていくからである。
 翻って、自治体の場合、リスク対策という視点もさることながら、住民の目線・立場にたった計画づくりという意味からも、策定のプロセスが重要だと思う。【4 シナリオ・プランニング手法を使用する意義】で指摘したように、住民と一緒にそのまちの将来をストーリー仕立てで考え、わかりやすく公表するようなことができれば、住民の「地域への想い」が向上し、より官民一体となった地域づくりが可能になると考える。
 自治体計画へのシナリオ・プランニング手法の活用は、そもそもシナリオ・プランニング自体をどう捉えどう自治体計画に応用するか、活用するにあたってどういう手法あるいは分野が効率的かつ効果的か、事後的な評価とそのフィードバックをどうするか等、といった点も含めまだまだ緒についたばかりだが、自治体が計画を策定する上で極めて有効なツールになる可能性を秘めている。
 本コラムがその推進の一助となれば幸いである。

<参考文献>
小田原市ホームページ
http://www.city.odawara.kanagawa.jp/municipality/vision/sinarioplanning.html





 ※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません