先日、ある新聞を読んでいるときに、いわき市で収穫された有機綿で作られた人形「コットンベイブ」が人気を集めている、という記事が眼についた。原発事故の風評被害などで耕作放棄した農地を利用した有機綿栽培「フクシマ・オーガニックコットンプロジェクト」の一環で、つくられているという。NPO法人ザ・ピープルによる試みであり、このような動きを通じて新たな産業に育て、雇用に結びつけたい意向とのこと。ザ・ピープルの吉田理事長は、「原発事故に苦しむ福島だからこそ、有機栽培にこだわりたい」と述べており、面白い発想だと思った。
フランスに村全体がオーガニックという地域がある。南フランスのプロバンス地方にある人口千人足らずのコランス(Correns)という小さな村である。村の入り口には「フランス初のオーガニック村」と書かれた大きな看板が掲げられている。オーガニック村の意味するところは、村中すべて有機栽培にしてしまうという試みである。
いまから約20年前の1995年に、現村長のミカエル・ラッツさんが若者を中心に人口が流出して過疎化が進むなか、地域振興策として村全体をオーガニックにするという方針を掲げた。コランス村は耕地の95パーセントがブドウ畑であり、主力産業は150年の歴史があるというワインづくりである。
しかし、フランスでワインといえばボルドーやボーヌ地方が大量生産して有名なために、小さな村ではなかなか太刀打ちできない。そこで、オーガニック・ワインを生産することで、商品の差別化をめざした。また、その背景にはアレルギー対策など、子どもたちの健康面も考えた。
ラッツ村長がこの考えをブドウ生産者の集まりで話したところ、満場一致で支持が得られた。そして、オーガニック化を始めて2年後の1997年に、オーガニック・ワイン第1号が生まれた。しかし、本格的に成功するまでには、収入が不安定となったり、病虫害でブドウが全滅するなど、大変な苦労があったようだ。
軌道に乗るようになったのは5~6年前からであり、今日では、虫除けにはハーブなどのミネラル成分を利用したり、雑草を抜くために馬が畑を耕すことで、同時に馬糞が堆肥になるなどの工夫が行われている。
今日、コランス村のワインはEU諸国でオーガニック品質を保証するABマークを付けて販売されており、市場の評価は高い。ちなみに、有名な映画俳優のブラッド・ピット、アンジェリーナ・ジョリー夫妻が、この地を気に入り別荘(じつはお城で高品質で評判の「ミラヴァル・ロゼ」というワインをつくっている)を持っている。
さらに、このような村をあげてのユニークな取り組みは、村外から若者たちを惹きつけている。オーガニックによる村づくりは、ブトウ生産のみならず、ヤギやニワトリの飼育、チーズ生産、野菜やハーブ栽培などの農業のほか、料理人、アーティスト、かべ職人などにも広がり、多様な人材が集まりつつある。ちなみにハーブからは、スイスの化粧品メーカーに売るためのエッセンシャルオイルがつくられたり、チーズは2007年からの発売以来、村の看板商品となっている。
このような村の努力により、当時650人だった村の人口は、今では千人近くにまで増えている。さらに村長は農産物のみならず、建物の新築・改築にはエコロジー建築を推奨している。南フランスを特長づける漆喰などの従来の建材と伝統的な技術などを用いており、新建材や化学薬品は使わない。2000年の村役場改修時にもエコロジー建築を採用した。
また、新築した小学校では、暖房は100パーセント薪を使ったセントラルヒーティングを採用している。給食ではオーガニックな食材が提供されている。さらに、建物の屋根にはソーラーパネルが設置され、発生する電力は電力会社に販売し収益は村に還元されて、サステイナブル(環境と共生する持続可能)な村づくりが進められている。

緑に囲まれたコランス村(同村ホームページより)
この20年間で、虫が増え、キジやイノシシなどの野生生物が山に戻ってきた。そして何よりも、住民たちが自分の住む土地とアイデンティティに誇りを持つようになったという。千人足らずの小さな村だからやりやすかったという面もあろうが、わが国においても、やる気があれば集落や行政区単位などから始めることも可能であろう。
とくに原発被害に直面した福島県では、大変残念なことではあるが、放射能の除染や復興に長い時間がかかることを考えると、ゆっくりと時間をかけて自然環境と共生する「オーガニックな県土づくり」を大きな目標として掲げるのも一案ではないか。
(参考情報)
コランス村で採用されているヤギ飼育のためのオーガニック基準
① ヤギ一匹あたり400平方メートルの土地
② 飼料はすべてオーガニック
③ 小屋以外での自由な散歩
同じく、ニワトリ飼育のためのオーガニック基準
① ニワトリ一羽あたり4平方メートルの土地
② 飼料はすべてオーガニック
③ 養鶏場に生えている草木がオーガニック
(参考資料)
毎日新聞、2013年5月31日
「ソトコト」2008年8月号、通算110号
TV番組「世界ふしぎ発見」(TBS系列)2013.6.1
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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