東日本大震災に伴う福島第一原発の事故の影響で、原発周辺の被災地では、この2年半のあいだ、放射能汚染のために農業生産がストップしている。このため、除染の徹底により、一刻も早い農業の再生が待たれている。
平成25年9月22日に放映されたNHKテレビ番組「放射能汚染からの農業再生 福島・南相馬市Part2」では、除染による農業再生の試みが取り上げられた。番組中の専門家からは「この番組で取り上げられた除染の試みはおそらく世界初めて」との発言もあり、実効力が感じられたので簡単に紹介してみたい。
なお、Part2とは、一年半前(平成24年3月10日)にも同様の企画番組が放映されたことによるが、当時は被災後約1年と間もないときで、福島県内で生産された一部の玄米から暫定基準値を超えるセシウムが検出されるような状況があり、除染方法は試行錯誤状態にあった。今回の放送は、それから一年半を経て、実際に試験栽培を試みた成果報告の意味合いも持っている。
前回に続き講師は23年前からチェルノブイリに入って、農業の復興に関与してきた分子生物学者の名古屋大学教授河田昌東さんで、南相馬市内の収録会場には農家の皆さんや相馬農業高校生ら30数名が参加した。
南相馬市は、放射能汚染のため、いまも約3分の1の土地で生活ができていない。会場からは、農作はもう3年近く休んでいるのでやめたい、荒れた畑を見てやる気がなくなった、などの声が聞かれた。しかし同時に農地を守らなければいけないとも考えており、やりたくてもできない現実に対してどう対応したらよいのかと悩む切実な雰囲気が感じられた。
最初に河田さんから、農地の空間線量の現状を知ることが大切であるとして、2年前から市内を500メートルメッシュで区切り、放射能の空間線量を測定してきた説明があった。この間の変化を見ると、次第に線量は低下してきており、農業の復興は可能ではないかとの所感である。
河田さんが提案する除染の方法は、水や土に含まれるセシウムをゼオライトで吸着させ、さらにカリウムを散布することで、稲へのセシウムの吸着を防ぐ方法である。昨年、試験栽培した結果、玄米の放射線量は1キログラムあたり100ベクレル以下であった。さらに全体の8割以上は20ベクレル未満であり、農業再開の展望がひらけつつある。しかし、セシウムは風や水で移動することがあり、去年低くても今年は高いことがあるために継続的な調査と対策が必要である。
河田さんのアドバイスを受けながら、試験栽培をした須賀川市の農家、伊藤俊彦さんは、田んぼの場合は、セシウムを10ベクレル程度以下にすることはそれほど難しくないという。水田は代かきにより、高い濃度のセシウムは土の表面に溜まりやすい。このため、伊藤さんは、150馬力ある大型トラクターで土を反転することで、セシウムを地中深くに埋める方法を採用している。そして代かきにより生じた表土のデコボコに対しては、重いローラーやストーン・クラッシャーを使うことで、平らにならす。こうして、反転耕することで営農が可能になった。しかし、空中を舞うセシウムを含んだ土ぼこりは生活する上でも大敵であることから、今後とも継続的な除染が必要であると述べた。
次に、栃木県で有機米の生産をしている稲葉光圀さんの体験談があった。稲葉さんは、水によるセシウムの移動と対処方法を研究している。セシウムの移動により、今年になって栃木県内で71か所検査したうち27か所で、線量が上昇していた。その原因としては、河川からの流入水による影響が想定されたため、水の入り口で食い止める必要があると考えた。
そこで、水を引く入り口に腐った葉や泥を沈殿させるビオトープをつくり、セシウムを除去した水を田んぼに引き込んでいる(稲葉さんは「水口セシウム回収作戦」と名付けていた)。さらに排水路にはセシウムを吸着する性質を持つもみ殻をネット袋に入れて沈めることで、セシウムの吸着を促している。なお、もみ殻は田植え前に1回、できれば7月頃の中干し時を加えた年2回交換すると良いとのことであった。
その結果、代かき前にあった線量6830ベクレル/kgは、代かき後には3380ベクレル/kgと半減にまで低下した。これを繰り返すことで、年々セシウム濃度をさらに低下させることができる。そして、こうしたデータを市のホームページに載せることで、風評被害が払拭できるのではないかと提案した。
会場からは、生き物も生息できるビオトープという空間を使うことで、南相馬産の米はおいしいと言われるところまでやれるのではないか、との前向きな感想があった。河田さんからは、このような方法はおそらく世界初めての挑戦であり、教科書などにはなく、実践により結果を出しているところがすばらしいとの発言があった。
つぎに畑地であるが、河田さんは、農家では測定値限界以下であれば自家製の野菜を食べたいという要望が強いことから、市内に放射能測定センターを開設した。畑作の場合も「科学的根拠と住民たちのやる気があればできる」とのことである。
「野菜セシウム含有率の平均値」(放射能測定センター・南相馬調べ)をみると、菜の花、コマツナ、トマト、ジャガイモ、ネギなど、すべての作物が100ベクレル/kg以下(大半は10ベクレル以下)であり規制基準を満たしていることがわかった。しかし、注目されるのは、菜の花が78.6ベクレルと、突出して高かった。これは、菜の花がセシウムを吸着しやすい性質を持っているためだが、ウクライナでの調査から、菜の花から搾油された油にはまったくセシウムが含まれないことがわかっていた。
そこで、菜の花を栽培して利用する「菜の花プロジェクト」の提案があり、市内の有機農家である杉内清繁さんから、それを実践した報告があった。油脂作物を作れば、汚染された地域でも作付けが可能になる。
杉内さんは、今年、3ヘクタールの農地に菜の花の種(ナタネ)を蒔き、収穫した結果、菜の花の種自体には80ベクレル/kgあったが、これをしぼった油(風味を生かすために生のまま採油)はゼロであった。さらに、その過程で出てきたセシウムを含んだ油かすは、発酵させて燃料(バイオメタンガス)として利用することができる。そして、最終的な残渣物は低レベル放射性廃棄物として処理をする。杉内さんは、汚染のない透明で黄金色に輝いている油を「神様からの贈りもの」と呼んでいた。
会場では、この菜種油で焼いた凍みモチが全員に配られて試食した。まろやかで、サラリとしておいしいとのことで、自然健康食品として南相馬市の特産品として開発できるのではないか、との話も飛び出すほどであった。河田さんは、これは「希望の作物」ではないかと表現していたが、稲葉さんからは、同じ方法は大豆やヒマワリを利用しても可能なので輪作してはどうかとの提案もあった。
さらに、市内の農家による畑とソーラーパネルを組み合わせたソーラー・シェアリングの紹介があった。奥村健郎さんは、畑の上2.5メートル以上の高さに太陽光パネルを配置した太陽光発電を行っている。この電力の販売により、一反あたり年間30万円の利益を見込むことができる。放射能で汚染された土地であっても、菜の花栽培などによる農作物の売り上げにソーラーパネルからの収入を加えることで、安定した農業経営をめざしている。(下記写真、参照)
最後に、参加者により、南相馬のこれからの農業を展望したワークショップが行われ、新しい商品開発による特産品を作って農業再生に貢献したい、再生エネルギーを活用したい、高校生からは、南相馬の野菜や魚などを使った地産地消のショップやレストランをつくりたい、などの声が聞かれた。
河田さんは、豊かな自然、皆さんの笑顔、伝統を活かすという話が聞けて良かった。こうしたあきらめない気持ちに加えて、正しい事実をきちっと知ること。事実と向き合い、放射能汚染とたたかうことが必要であるとまとめた。
以上、農地除染による農業再生と、畑地で太陽光発電を可能にする複合的な土地利用の実践報告である。「被災というマイナスをプラスに転化する」と簡単にいうことはできるが、実現はなかなかむずかしい。それに対して、ひとつの解答を実践して見せたのが、この番組の最大の魅力であったように思う。番組を見終わったあとからも、会場の皆さんのやる気や希望が伝わってきた良い番組だった。
写真 農地ソーラーの状況
 資料:一般社団法人えこえね南相馬研究機構ホームページより引用
参考資料:NHKテレビ番組(平成25年9月22日放送)、「放射能汚染からの農業再生Part2」
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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