2013年11月10日に開催された、福島県と阿武隈地域振興協議会主催による阿武隈地域シンポジウム『~今こそ見直そう「里山のチカラ」、今こそ活かそう「地域のタカラ」~』に、パネルディスカッションのコーディネーターとして参加した。
基調講演は、いまベストセラーとなっている『里山資本主義』の著者である日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介さんで、里山が持つ魅力を再評価しようという主旨は、このシンポジウムにピッタリの内容であった。
また、パネルディスカッションのパネラーには、伊達市霊山町で地域おこし支援員をしている櫻田裕茂さん、二本松市東和地区で有機農業やワイナリーを営んでいる関元弘さん、そして田村市滝根町の商工会女性部で、食を中心に地域おこしにかかわっている二瓶恵美子さんという、いずれも阿武隈地域に足をつけて活躍されている皆さんだった。また、藻谷さんにもコメンテーターとして加わっていただいた。
震災から2年8か月を経ても、まだまだ原発事故に伴う風評被害に悩ませられているという発言とともに、それを克服しようとさまざまなイベントに参加したり、理解ある消費者にファンとなってもらう取り組みを行ったりと、負けずに行動している話にはとても感銘を受けた。
藻谷さんの基調講演やパネルディスカッションでの討論の様子は、別途何らかの形で紹介されることもあるかと思うが、皆さんから盛りだくさんの話を聞かせていただきながら、改めて阿武隈地域が持つ魅力や将来に向けたあるべき姿を考えさせられた。
「里山資本主義」は、藻谷さんとNHK広島放送局の番組制作スタッフによる造語なので、まだ一般的にはなじみが少ない概念と思う。同書のなかで、いわゆるリーマンショックに代表されるような、お金がお金を生むというようなマネー資本主義の対立概念(機能的にはマネーに依存しないサブシステムとして紹介しているが)として提起されていることから、「里山の資本主義」と考えがちであるが、そう理解すると、里山と資本主義がどうつながるのかと考えてしまう。
そこで、筆者の理解では、まずは「里山資本の主義」と考えた方が適当ではないかと思う。つまりは、里山が持つ山林や農地、景観などを資本すなわち宝と考えて、その地域資源を活かそうという主義(考え方)だと理解すると分かりやすいように思う。
従来より、畑作や林業・林産業、狩猟、レクリエーション活動などで、人間社会と自然との接点となっている里山の魅力はいろいろと語られてきてはいたが、同書ではこれらの里山が持つ魅力をベースとしながらも、新素材や新エネルギーの供給の場としても再評価している視点が新しい。
具体的な一事例として、オーストリアで取り組まれている山林から伐採した木材を活用したCLT(クロス・ラミネーティド・ティンパー)という合成建材の開発を紹介している。これは、名前のとおり、短い木板をタテヨコに組み合わせて密着させることで、鉄材に比べて木材の弱点であった強度と耐火性を確保した建材である。すでにオーストリアではこれを利用して中高層の建物が建てられている。わが国でいえば歴史的な建造物である五重塔などが思い浮かぶが、木造による中高層の建物が現代に甦るとは、想像しただけでワクワクしてくる。 また、その端材を燃料として利用するドラム缶を利用したエコストーブ、ペレットストーブなどの利用も行われて、地元の木材を利用した自前によるエネルギーの生産に成功している。
さらに、国による森林マイスター制度があり、研修を受けたマイスターたちは500ヘクタール以上の山林を管理し、切りすぎないようにして持続可能な林業の実現を監視している。成長に長い年月を必要とする森林は、一時的に伐採しすぎて枯渇してしまうことがあるが、持続可能な形で原材料としての森林を確保するための知恵といえる。
オーストリアでも、20~30年前までは、林業はきついわりにお金にならないといわれてきたが、その環境を変えた要因として、以下の3点が紹介されている。1.林業従事者への安全教育の徹底、2.バイオマス利用の発展、3.生態系や最新テクノロジー知識が必要であり、賃金も上昇していることから、林業がかっこいい仕事になった、とのことである。
なお、オーストリアでは、憲法で「脱原発」を明記している。原発の是非について国民投票の実施しているのも、大きな特長だ。
わが国でも、岡山県真庭市の建材メーカーが、工場で出る木くずで自家発電を始めたところ、年間1億円の電気代がゼロになった。しかも余った電気を売電して、毎月400万円も定期収入が入るようになったという事例が紹介されている。それまで産業廃棄物として、代金を払って引き取ってもらっていた木くずが、反対に収入に化けたというのだ。さらには、木くずから燃料ペレットも作っており、地域の小学校や農家のハウス栽培などに使われている。環境にやさしい最新あるいは未利用だった技術をうまく利用することで、省エネと収益の確保を同時に実現している。
さらに、同社ではCLT建材の活用にも挑戦を始めているが、わが国では、建築基準法や消防法によって木造の建物には高さ制限があるため、まだ本格的な利用にはいたっていないようである。早い法規制の見直しが求められるところだ。
藻谷さんによれば、「里山資本主義」で主張するアンチテーゼは、1.貨幣換算できない物々交換、2.規模の利益への抵抗、3.分業への異議申し立てであり、一人多役の世界として語られている。つまりは、お金に依存しない物あるいはコトによる交換の世界であり、具体的には「結」や「手間返し」がその代表である。いただき物をしたら、物や労働で返すことで、お互いが助けたり助けられたりして、幸せを実感している。
また、規模の利益や、分業の重視は、アダム・スミスが書いた『国富論』以来、資本主義の発展をみちびく基本概念として語られてきたが、その逆説を説いていることになる。一人ないし少人数でこだわりの生産をすることで、眼がとどく安全・安心な生産が可能となる。それは、消費者にとって魅力的であるばかりでなく、生産者としても満足感や充実感が増すことになる。
そのように、より深く理解すると、「里山資本主義」は、やはり「里山の資本主義」、つまりは里山の長所を活かした新しい自由経済主義のススメでもあると考えたい。さらにいえば、お金が乏しくても、水と食料と燃料が手にはいるシステムであり、震災などの非常時にもあわてないで済むことができる防災にも優れた経済システムでもある。
福島県内にも里山と呼ぶことができる地域は各地にたくさんあるが、広域的にまとまった里山といえば、やはり阿武隈地域といえるのではないか。 阿武隈地域は、福島県の浜通りと中通りを分ける南北約100km、東西約40km、面積は約4200平方㎞という南北に長い丘陵地域であり、東京都が2つも入ってしまう10市10町6村からなる広域地域である。安達太良山 (標高1700m)、大滝根山(1192m)といった標高1000~1700m級の山々も含まれてはいるが、おおむね標高200~700メートル程度の低く傾斜がゆるやかな山林を中心とした丘陵地形が特徴となっている。
東京から150~250km圏、仙台からは50~150km圏と比較的便利な地域ではあるが、高速交通体系からは少し離れていることから、工場団地開発や観光・リゾート開発など、大胆な地域開発は、それほどには行われてこなかった。逆に言えば、首都圏から便利な地にありながら、都市的な開発から取り残された比較的自然ゆたかな土地が残った。このため、野菜や果樹生産などの畑作を主力として、米作、放牧、養鶏など、古来から多様な土地利用がいまも行われている(一部地域は、残念ながら原発事故に伴う帰還困難区域指定を受け住めない)。さらに、由緒ある社寺仏閣や流鏑馬などの文化、各種の祭りに代表される民俗芸能など、各地に多様な魅力が散在している。
それゆえ、阿武隈地域の魅力は、農地や山林、山地、河川などのハード面だけでなく、地域社会、コミュニティというソフト面にもあるように思う。藻谷さんは里山で見られている相互扶助的な行為を「結」や「手間返し」という言葉を使って表現していたが、阿武隈地域でいえば、ていねいに、大事に、思いやりを持って、という意味をさす方言である「までい」そのものといえよう。
これから里山がめざすべき将来像として、同書のなかで、千葉大の広井良典先生の発言として「懐かしい未来」という言葉が紹介されている。地産地消のような形で培われてきた伝統的な文化をベースとして活かしつつ、これからの時代を先取りするような(環境にやさしい)新技術を導入することで、新しい未来をつくっていくという意味であろう。それは、まさに阿武隈地域がめざすべき将来像とはいえないだろうか。
最近発生したフィリピン・レイテ島などでの強烈な台風や高波による大きな被害は、地球温暖化による影響が大きいともいわれているが、わが国でも近年は、北関東地方でこれまであまり見られなかった竜巻が頻発するなど、異常ともいえる気象変動が発生している。このような現象が少なからず地球温暖化に起因しているならば、二酸化炭素(CO2)の抑制など、地球規模での対応が必要となっている。
このような今日の時代背景を踏まえると、石油などの化石燃料の利用を抑制して、自然再生エネルギーの利用など、足もとからできることを始めたい。新しい知識や技術を取り入れつつ、阿武隈地域の森林や風力あるいは生活の知恵などの地域資源を活用することは、その第一歩としても位置づけられよう。
講演の最後に、藻谷さんから、地域のお金を外に出さないで、地域のなかで循環するようにすることで、地元での就業(雇用)機会も増えることになるとの提言があった。CLTの活用もそうだが、エコストーブ、ペレットストーブの活用などで、地産地消により、お金を地域内で回すことで雇用をつくりだすことができる。
このように考えると、日常生活で買い物をするときなど、郊外にある大手資本のスーパーなどで、つい安い外国産の農産品などに手が出てしまいがちであるが、近くにある道の駅などで地元産の野菜や米などを買うことで、結局は自分たちの地域社会の生活も豊かにしているということに気づく。消費者・生活者としても、アンテナを高くして新しい情報に関心を持つとともに、賢い選択をすることで、幸せな地域社会づくりに貢献することができる。
参考資料
藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義―日本経済は「安心の原理」で動く―』角川書店、2013年7月
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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