ふくしま自治研修センターでは政策研究会という活動をしており、2014年1月14日に、福島市のコラッセふくしまにて、その発表会を開催した。その内容は、最近のこのコラム欄で当センターの加藤久美子部長、吉野健一主幹、植田浩一主幹が、それぞれの視点から紹介しているので、是非、ご一読いただきたい。
この際に同時に実施したトークセッションに、ゲストとしてNHKの伊藤博英アナウンサーにご参加いただいたのだが、伊藤氏には、昨年度の発表会(2012年11月開催)の時にも、「放送の現場から見た風評被害と福島のイメージ」と題する講演をお願いした経緯があり、その時の話もとても刺激的で有意義であった。
じつは、その講演のなかの一つの話題が気になっていた。それは、福島市は暮らしやすくて良いところなのだが、困っている点として、まちなかに家電量販店がない。伊藤アナウンサーが福島市に引っ越してきたときに、アンテナ線やパソコンつなぐケーブルなどいろいろが必要だったのだが、周辺の店では売っていなくて仕方なく通販で取り寄せたとのことだった。さらに、そんな不便な状況に甘んじているのは、市民の怠慢ではないかとのきびしい言葉もいただいた。ちなみに、伊藤アナウンサーは車を運転しないので、郊外にある大型店までは出にくいとのことであった。
筆者は都市計画やまちづくりを専門分野としているが、そこまで踏み込んだ話を聞いたことはあまり記憶にない。なぜならわが国の場合、まちなかにどんな店があろうとなかろうと、それは出店する事業者の判断に負うものであり、地域住民としては、せいぜい「家電量販店が出来ればいいね」というような願望レベルで終わっていることが多い。このような状況は、もちろん家電量販店に限らず、食品スーパーや格安衣料品店など、すべての店舗にもあてはまる。
基本的に、わが国においては、公共・公益施設は別として、都市的なサービスの供給は市場原理に基づいており、商売の機会があれば新規出店があり、逆に市場として注目されなければ出店はない。そして出店がなければ、近隣住民はガマンするか、遠出するなりして入手することになる。
ここで、取り上げたいのは、家電量販店などの有無ではなく、市民にとって必要な都市的サービスの充足のしかたである。たしかに本来ならば、より便利・快適なまちを創るために、日々生活を営む市民が声を上げても良いはずだ。
ではわが国では、まちなかに不足する都市的サービスがある場合、だれがどのようにその声を上げているのだろうか、あるいは行動しているのだろうか。だいたい頭に浮かぶのは、役所か商工会議所(商工会)あたりに頼んだらいいのではないか、ということかもしれない。しかし、役所や商工会議所(商工会)に、適宜、市民の声が届くとも限らないし、そんな活動自体もあまり聞かない。
この約1年間、頭の片隅でそんなことを気にしていたのだが、先日、NHKで放映された「スペースシップアースの未来」という番組(第4回、2014,年1月24日放送)を見ていたら、アメリカのオレゴン州ポートランド市で行われているまちづくり制度に関する紹介があった。 ポートランド市は全米でもっともクリーンな都市ともいわれ、住み良いまちとして知られている。筆者もだいぶ前に訪れたことがあるが、中心市街地でも緑が多く、車よりも環境にやさしい路面電車が走り、町並みもきれいで好感を持った覚えがある。
そのポートランド市では、市長と4人のコミッショナーが公選されて、この5人で構成するコミッションが、日本でいう市議会と行政機関のトップの両方の役割を果たしている。日本の自治体の議員数と比べるとア然とするほどの少なさであるが、さらに驚いたのは、毎週1回水曜日に開かれる議会の場に、市民代表が直接参加してさまざまな提案をし、提案後にその場で採決が行われていた。
なにしろ市長のほか議員が4人しかいないのだから、話が早い。放映された時の市民からの提案は、河川の水質改善などの地域の環境を守る活動であったが、市長と議員が次々と全員賛成の意思表示をして、その場で実施することが決まった。
ポートランド州立大学のスティーブ・ジョンソン博士によれば、市内には、350の環境団体と4,000の市民グループ、100近い地縁型組織(後述)があり、市民が政治に参加できる場がいくらでもある。そうした積み重ねにより、市の持続可能なまちづくりが実現している。今日のスタイルに至るまでには、40年近くの時間をかけているという。チャーリー・ヘイルズ市長も、コミッション制度のようなシンプルな政治制度とまちの住みやすさが連携している点が、他都市に比べてポートランド市の強みだと発言していた。(注1)
上記した地縁型組織についてさらに補足すると、ネイバーフッド・アソシエーション(Neighborhood Association、以下NAと略称)と呼ばれ、日本の町内会や自治会に近い。しかし、NAは地域住民が自分たちの課題について話し合い、解決方法を見いだすという行動する組織である。正確には市内に95のNAがありほぼ全域をカバーしているが、さらに大きく7つのエリアに分けられ、エリアごとに事務所が設置されている。わが国でいえば、地区ごとにあるコミュニティセンターや地域振興事務所のような存在を想像すればいいのだろうか。
ただし、この事務所はその地域のNAや住民らに対して専門的なサポートや支援を行っており、7つのうち5つの事務所は、地域内のNAの代表で構成された人々で運営するNPO団体が、残り2つは市のスタッフが運営している。NAもエリアごとの事務所も、実質的には住民の自発的な活動によって成り立っているところが、わが国とは大きく異なっている。(注2)
つまり、NAは住民みずからの自発的な活動であり、地域住民のよりよい生活や暮らし(公益)のために、私益の調整をボランティアとして行っている。このような組織が、まちなかにある店舗の再開発のあり方などにも意見を述べていて、出店業者と交渉したりしている。したがって、ポートランドでは、現場で公益を担うのはNAやNPOなどの各種団体であり、さらにいえば住民一人ひとりであるといえる。
そこでわが国に眼を転じると、これに近い活動を実施している先進的な自治体として、東京都三鷹市があげられよう。
三鷹市では、今から50年程前、当時の市長がコミュニティ行政を始めた。町内会や自治会を残したまま、市民社会を形成するための新しいコミュニティをつくるという試みであり、三鷹市を7つの地域に分割し、それぞれに住民協議会をおき、コミュニティセンターをつくった。そして、地域の住民代表で構成する住民協議会にセンターの運営を任せている。つまり、行政がコミュニティをつくるのではなくて、住民協議会が自分たちでつくるという発想に基づいている。(注3)
この住民協議会は、今日も各地域における課題解決などに力を発揮しており、わが国の協働行政なかでは進んでいる事例といえるが、ポートランド市のように、議会(コミッション制度)に直接参加するというような活動は行っていない。もちろん市民の自治意識やコミュニティ形成の歴史の違いに基づく政治・行政制度の違いなどがあり、そのまま直ちに導入できるものではないが、上記に紹介したポートランド市の試みは、市政に直接、住民の意見を届けるという意味ではとても魅力的だ。
今日、わが国の市町村行政の進め方として「住民協働」を掲げない自治体を探す方が難しいほどであるが、はたしてその実態は形骸化してはいないだろうか。
住民が身近に感じている問題や課題解決に向けた提案が、そのまま行政や議会活動にも反映できるというポートランド市のような連携スタイルや市民が主体となったまちづくりは、わが国の新しい協働スタイルづくりに向けて、ひとつの突破口になるのではないかと感じた。
参考文献: (注1)NHK 国際共同制作シリーズ「スペースシップアースの未来」(第4回、2014,年1月24日)番組紹介のURL http://www.nhk.or.jp/co-pro/recent/20131129.html
(注2)主に東京財団週末学校市区町村職員人材育成プログラム、鈴木真理氏(東京財団広報部)「(国外視察)市民参加の精神を学んだ米国オレゴン州ポートランド視察」視察日:2009年9月19日(土)~27日(日)および坂野裕子氏(週末学校事務局)「住民自治の現場~ネイバーフッド・アソシエーションの事例から~」調査期間:2011年7月30日(土)~8月7日(日)に基づく。
http://tkfd-shumatsu-gakko.jp/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%
83%89%EF%BC%88%E5%9B%BD%E5%A4%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB%EF%BC%89/720/
http://tkfd-shumatsu-gakko.jp/%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%
83%89%EF%BC%88%E5%9B%BD%E5%A4%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB%EF%BC%89/324/
(注3)おもに東京都三鷹市「協働主義」:第1回。三鷹市情報推進室長宇山正幸氏のインタビュー記事に基づく。
http://www.hitachi.co.jp/Div/jkk/jichitai/interview/staff/staff010/001.html
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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