2014.9.17
  「“お出かけ”の手段は」

                                       主幹  菅野 昭広


私;「じいちゃん、いつまで車運転するの?」
父;「そんなのわがんねえ・・・畑に行けなくなっちまう」
私;「目も悪くなってきたんだから、そろそろ免許返納したら?」
父;「・・・」
  我が家で、最近よく私と父が交わす会話のひとつである。
  我が家は7年前に福島市郊外の新興住宅地で3世代同居生活をスタートさせた。
  当初から、両親とも比較的健康で、普段の生活に困った様子は見られなかった。
  父は自分で自動車を運転し、毎朝車で10分程の畑に出かけ、せっせと農作物作りを楽しんでいる。妻の母も畑仕事が趣味で、我が家からスープの冷めない距離に家があることから、おかげさまで、毎日の食事で野菜に困ることはない。
  また、私の母は、自動車運転免許を持ってないどころか、自転車にも乗れない(正確に言うと、私が子供の頃に、私のために買ってくれた自転車でチャレンジしたが、やはり乗ることができずあきらめてしまったのである)が、「お出かけ」が大好きである。
 我が家から市街地に出かける際の公共交通手段として「鉄道」、「バス」があるが、最寄りの駅までは徒歩で30分かかる。よって、必然的に、便数も少なく、料金も割高ではあるが、「バス」があるだけ便利と言って、「バス」を利用している。
 もちろん、病院へ通うのもバスを利用しているので、バスは母の生活の命綱である。

 当コラムでは、このような私の身近なところでの具体例を交えながら、高齢者や交通弱者が抱える「“お出かけ”の手段(生活交通手段の確保に関する課題)」について考えてみたい。

 まず、冒頭で紹介した私と父の会話の発端には、従来から国内各地で発生している高齢者の運転ミスによる交通事故の増加が背景にある。
 特に、9月5日に大阪府で発生した「コンビニに車突っ込み1人死亡「ブレーキと踏み間違えた」高齢者操作ミスか」(産経新聞配信)の報道を見て、改めて他人事ではない、まさに危機感を覚えた。
 各自動車メーカーも、いわゆる人的な操作ミスを防ぐ安全装置(ブレーキサポートシステムなど)の開発に取り組んでいるが、最後に運転するのは人である。特に、高齢者は、加齢により「判断力」や「注意力」が低下することはやむを得ないことであり、いずれは「自動車の運転をしない」という選択をすることも、本人のみならず、周囲の人々を巻き込んでしまう交通事故を未然に防ぐ方策のひとつであろう。
 実際に、警視庁のホームページを見てみると、交通安全のカテゴリーの中で「免許を返納する勇気」と題し、「都内における高齢運転者の交通事故推移」というグラフを用いて、「平成16年を100とした指数による交通事故件数の推移をみると、都内の交通事故総件数が減少している中、65歳以上の高齢運転者が第1当事者となる交通事故は増加傾向で推移しています。」というデータを示し、「運転免許自主返納をお考えください」というお願いを行っている(※1)。

~運転免許の返納を行った方には~
○運転免許を返納した方は、「運転経歴証明書」を申請することができます。
○「運転経歴証明書」は、運転免許を返納した日からさかのぼって5年間の運転に関する経歴を証明するもので、これまで安全運転に努めてきた証明や記念の品となるものです。
○「運転経歴証明書」を提示することにより、高齢者運転免許自主返納サポート協議会の加盟店や美術館などで、様々な特典を受けることができます。
※1 警視庁ホームページから引用
 http://www.keishicho.metro.tokyo.jp/kotu/hennou/hennou.htm

このような「自動車運転免許の返納」という選択肢について、「趣旨は理解できるが、実際に免許を返納してしまったら、自由な外出が出来なくなってしまう」という悩みをお持ちの方は多いだろう。
  私の父も、「そのうち止めるよ」と考えていると思うが、私自身、父の生活の一部を奪ってしまうような気持ちもあり、正直、本人の意思で決めてもらうのが一番いいと感じている。
  それは、自動車を運転することをやめてしまえば、家族に頼るか、鉄道やバスなどの公共交通を利用するか、タクシーを利用するか、様々な選択肢の中から、自分の生活の現状に合わせて手段を確保することになるのだが、「いつも息子や嫁に送ってくれとは言いづらい、タクシーを使ってまで畑に行くわけにもいかない」など、悩むことが多いだろうから、本人が納得のいく時を待つのが一番いいだろうと思うに至ったからである。
  このように、我が家でのやりとりを一つ取り上げてみても悩みがあるということは、日本中で多くの方が悩んでいる(あるいはこれから悩むことになる)問題であり、自治体は、地域公共交通の整備(地域の実情に合う仕組みづくり)について、よりベストな対策を講じていく必要性があると、今更ながら感じている。
  当センターにおいても、現在、県内のある自治体と、地域公共交通の問題解決に関する共同調査研究を行っている。
  先日、当該自治体で実際に運行されている生活バスに乗車し、運転手の方や利用者の方の意見を伺ったところ、「バスの便数が少ない(特に朝と夕方)、路線が偏っている(地域の幹線道路のみでは、さらに奥地の集落の人が利用できない)、買い物や病院通いで利用しているが、昼間の時間帯にちょうどいい便がない・・・」など、生の声を聞くことが出来た。
  元気な地域生活交通の再建に向けた各種取り組みは、県内だけでなく、日本国内の様々な地域で取り組まれてきている。
  しかし、今後、日本は少子高齢化がますます加速し、近い将来、高齢者が人口の約4割を占めると予測されている(2035年には、総人口112,124千人に対し、65歳以上の人口37,407千人(約33%)、2060年には、総人口86,737千人に対し、65歳以上の人口34,642千人(約40%)(※2)。
※2 国立社会保障・人口問題研究所『日本の将来推計人口』(平成241月推計 推計結果表)[1-1 総人口,年齢3区分(014,1564,65歳以上)別人口及び年齢構造係数:出生中位(死亡中位)推計]から引用。
 http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/sh2401smm.html

このような状況を迎えるに当たり、今後、さらに住民のニーズをなるべく広くとらえ、高齢者や交通弱者の立場になって取り組んでいく姿勢を持ち続け、具体的に施策展開していく努力を継続することが大切ではないだろうか。

先日(9月9日)、福島民報新聞で、「山あいの農家発 駅前、温泉街行き 路線バスで「野菜便」」という記事が掲載されていた(※3)。
  「二本松市の山あいにある原瀬東部営農組合が、乗客の少ない始発の路線バスで農産物を運び、市内の2店舗で販売する地産地消の取り組みを始めた」という内容であり、いわゆる「不採算路線の解消策」として注目に値する取り組みである。


※3 福島民報新聞(201499日掲載記事)から一部抜粋し引用。
  http://www.minpo.jp/news/detail/2014090917947

デマンド型乗り合いタクシー、まちなかタクシーなど、これまでの路線バスだけでない、多種多様な地域公共交通の手段が登場し、地域の実情に合わせた取り組みが行われてきているが、上記のような視点を変えた取り組みに新たなヒントを得て、地域にとってベストな生活交通体系の確保、高齢者や交通弱者の“お出かけ”の楽しみを奪うことのない仕組みづくりを、真剣に考えていきたい。


※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません