2014.11.12
  「地域づくりの失敗事例に学ぶ」

                                       主幹  植田 浩一


 「地域づくり」という言葉でいうところの地域とはどの程度の範囲を指すのだろうか。筆者が大学院時代に頭を悩ませたことがあったが、色々こねくりまわして考えてみてもちゃんとした結論はでなかった。
  この範囲については、例えば、自治体の起源とも言われるイギリスのパリッシュ(教区)のように教会という地域の象徴を中心に人が集まる程度とか、日本でいえば江戸時代の自然発生的にできた町や村程度が適切な気がする。もちろん、その他にも現行制度下の字や大字、行政区程度、あるいは市町村の範囲そのもの等々様々な考え方もあるだろう。
 本来、この範囲が明確でないと「自分達の地域をつくる」という意味も違ってくると思うのだが、地域づくりの専門家も含めケースバイケースでこの範囲を変え、意味合いを変えて使っているというのが本当のところであろう。「地域づくり」とは、そもそもあいまいで都合の良い言葉なのである。

 前置きが長くなったが、地域づくりに関する事例集などは、官民問わずありとあらゆるところから公表されている。自治体で地域づくりを担当する者は、それらを大いに参考にし、うちでも実際にやってみようと思うわけだが、ここで注意したいのは公表されているのは、基本的に当該事例集を作成した側からみての、「成功」事例集だということである。逆に「失敗」事例集というのはほとんどみたことがない。失敗の中に様々な示唆に富む事例があるのは間違いないはずなのに。民間の場合は、創業者による企業の栄枯盛衰物語や一度経営破綻した企業のV字復活が本になって出版されたりする(もっとも、それはほんの一握りの復活組の事例だが)ケースも見受けられる。

なお、地域づくりの主体は純粋な民間のみで行っても良いと思うが、特に地方における成功事例と呼ばれているものには官が何らかの形で関わっている例が圧倒的に多い(だからこそ特に官で紹介されるわけだが)。本コラムではそういった大なり小なり官が関わっているということを前提に、地域づくりの失敗事例の有効活用について考えてみたい。

 そもそも、なぜ失敗事例集が出てこないのか(もちろん失敗事例集の前に成功事例集というタイトルの事例集もなかなか出しにくいものではあるが、実質的には公表されているのは成功事例集と理解して良いと思う)。様々な理由はあろうが、一番の要因は、そもそも何をもって「成功」、「失敗」なのか、という目安がないからであろう。

民間の事業の場合は、一般的には事業ごとの売上高、粗利益がずっと右肩上がりで増えている状況であれば「成功」だし、逆なら「失敗」といえる。会社全体でみてもこうなったら破綻、こうなったらデフォルトというふうに「失敗」の基準が明確になっている。
  自治体の場合、もちろん地域づくりを担う三セクの破綻といった「大きな失敗」は失敗に間違いないが、事業ごとに成功、失敗の区別は付けられないケースも多い。一企業と異なり、多少赤字の事業であってもそれで交流人口が増え地域全体が活性化し税収向上が見込めるような場合、一概には成功・失敗といえないからだ。
  例えば、県内のある中山間地域のまちでは、観光物産拠点に宿泊施設も備えた「交流館」を三セクで経営しているところがあるが、担当者に話を聞くと経営する三セクへの赤字補填は最初から想定しているという。役所が主体的にこういう施設を経営しないと、まち内に民間の宿泊施設がほぼない(農家民泊のようなところがあるのみ)からという理由だった。
 確かに、泊まるところがないと、交流人口の増加につながらず、まちの活性化がなされないことで、ますます民間が宿泊施設の経営に乗り出すことがないという負のスパイラルに陥ってしまう。その歯止めをかけるべく官がリスクを負って宿泊施設を経営するというのは、住民の代表たる議会の同意が得られるのなら少なくとも当面は失敗とはいえない。一つの政策(事業)といえる。

 ところで、地域づくりの成功例として国や自治体の補助金を活用して、地域資源を活用した民間の個店の取り組みが挙げられている例があるが、注意すべきなのは、本当にその事業が持続可能なのかということである。
  例えば、地域資源を活用して半ば無理矢理珍しい商品を開発して販売したが、実は味はそうでもなく持続可能性に問題があるといったケースも散見される。初年度は物珍しさで売上が上がるだろうが、2年目以降はどうなのかということである。
 では何年事業が継続すれば成功といえるのか、もちろん一概にはいえないが、一つの考え方として、10年ひと昔というように10年経つと世の中の状況・空気・価値観等が変わるのだから(例えば、以下の「10年前(2004年)の出来事例」をご覧いただきたい)、リニューアルは必要になろう。そういう意味でも、個人的な意見ではあるが少なくとも10年継続すればその事業は成功といえるのかもしれない。

(参考)10年前(2004年)の出来事例
○小泉純一郎政権まっただ中
○日本で新紙幣発行(1万円札が福澤諭吉に等)
○イチローがシーズン最多安打記録を84年ぶりに更新
○ヨン様フィーバー                       等々

もう一つ、よく地域づくりの成功例として、ある店舗で地域の特産品を活用して興味深い商品を開発し、店の売上高が○%増え○億円になったという紹介が目につく。一般的には、売上が増えたということは、来場者が増えたことが原因であり、それは交流人口の増加(=成功)につながった可能性が高いといえるだろうが、個人的には、粗利益はどうなったのかと問いたい。自治体関係者は利益に無頓着な人があまりにも多いからである。
  例えば、店員を増やしたり、試食を増やしたりコストをかければ一般的に売上が上がるのは当然で、もっと極端なことをいえば毎週有名タレントを呼んでイベントを行えば確実に売上は増えるだろう。売上が大事なのはいうまでもないが、事業を行う以上利益がどうなったのかも併せてみることが重要である。

 話は戻るが、失敗事例を考えた場合、先の「大きな失敗」なんかだと議会でも指摘され、首長がそれをもとに辞任したりして、公になるので失敗事例として取り上げられやすいと思う。しかし、そこまでいかなくても10年前に成功事例として取り上げられた事例が実はひっそりと衰退・廃業していたという例も相当数あるのではないか。そこに地域づくりの学びが多く入っているような気がしてならない。

 まず、こういった成功事例集、失敗事例集を作成・公表するのは、県の事業であれば国だし、市町村の事業であれば県の仕事だと思う(民間に委託したほうが作成・公表しやすいかもしれないが)。県または市町村が自らの事業に審判を下すのは難しいからだ。
  具体的には、第一の例として、2010年に県が地域づくり事例集として県内の20事業を公表したら、その20事業の5年後10年後の状況を「地域づくり事例実績集(仮題)」とでもして県として事業実施主体等の関係者にインタビュー調査し公表するのである。5年後10年後であれば担当者も概ね異動していると思われるので、率直に答えてくれるのではないか。当時の地域資源の選び方やコンセプトのつくり方といった事業の核となる部分をはじめ、うまく継続できた点及びその理由(成功)、逆に色々な反省点及びその理由(失敗)等々をヒアリングし公表するのだ。些細なことから大きな教訓や重要な示唆が得られるかもしれない。
 第二の例として、県が実施自治体の名称を伏せ、地域づくりで課題を抱えている事例を、事の顛末や課題、反省点などをインタビュー調査で県内市町村に聞き、「地域づくり課題事例集(仮題)」とでもして公表するのである。ただこの場合、課題を抱えている市町村のスクリーニングが問題になるが、成功例も含まれる第一の例よりも失敗例としての数が多く集めやすくなる分、失敗内容がより類型化され注意すべきポイントが明確になる可能性が高い。
  第三の例として、第一、第二の例を全国に広げるという手もある。事例の数が多くなればなるほど良いものができる可能性が高いからだ。
  第四の例として、どうしても冊子なりにまとめて公表するのが難しい場合は、既に行われている地域等があるかもしれないが、県が主催する担当者会議等で、毎回テーマを設定して関連する事業を行っている市町村に発表してもらい課題を共有するという方法もあるだろう。

 色々述べてきたが、要は、よく近年、自治体でもPDCAサイクルを回して事業内容を管理(評価)するという手法を導入していると思うが、それをより突っ込んで、事業実施自治体内部のみならず、国、県、他自治体、さらには住民や関係者にとっても事例を「見える化」しその結果を検証することで今後に活かすということでもある。
 地域づくりの分野は、こうしなければならないという決まり事がない分、これが正解というものもない。そのため地域づくりのアイデア出しは、たくさんの人で議論すればするほど、事例を調べれば調べるほど、色んな良いアイデアが出てくるはずだ。PDCAサイクルを回すにも最適な分野でもある。だからこそ、成功事例のみならず失敗事例を学ぶことが大切だと思うのだ。

 今後、生産年齢人口の減少や高齢化の進展により自治体財政が厳しくなる一方で、自治体間競争も激化することが予想される。予算がない中、いかに住民ニーズに沿った効率的かつ効果的な地域づくりを行っていくか、職員の経営センスが問われる時代でもある。
 いずれにしても公表する場合は直接的な表現で成功事例、失敗事例とできないとは思うが、上述のような具体例も参考にしながら地域づくりの事例を学ぶ機会を増やすべきではないか。

地域づくりの成功・失敗の最大の要因は担当職員と当該地域の関係者の熱意である、と言ってしまえばそれまでだが、実は核となる地域資源の選び方からはじまり、事業のコンセプトのつくり方、事業のPRの仕方、営業現場での細かな気配りや対応等々にポイントがあるはずだ。単なる紙による事業概要と予算額の実績等からだけではわからない点を「見える化」することが重要で、特に失敗事例を数多く集めれば事業を行ううえでの核心となるポイントが浮かび上がってくるのは間違いないと思う。
 手間はかかると思うが福島県内だけでも密かにはじめたらどうだろうか。


※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません