近年、円安による経済浮揚効果が薄れていると聞く。その主因は通貨変動による業績のブレを嫌った輸出企業が、海外での現地生産を増やしたことから、ドル建て決済による円安の利益を享受できなくなったことが大きいとのことである。
しかし、いうまでもなく円安とは円が世界中から買われなくなったから(日本が不人気となったから)通貨が下落しているわけで、短期的もしくは個別企業的にメリットはあるだろうが、必ずしも良いことばかりではない。例えば、円安による輸入財の価格高騰が一般家庭を直撃しているのは周知のとおりである。
もちろん効果的な政策等によって一国の経済が成長するのが重要なのはいうまでもないが、それが持続的でなければ、つまり現状でいえば国民(実際は市場関係者だけなのかもしれないが)が「期待」しているうちに本質的な成長軌道に乗せられなければ、投資家が一喜一憂するだけで一般国民にとってはほとんど意味がないばかりかむしろ将来へのリスクが増幅している感さえある。
本稿では、持続的な経済成長にとって最も重要な「生産性」をキーワードに、今後、生産年齢人口の減少が不可避な地方(福島県)でどんな経済活動がなされれば生産性が高まるのか考えてみたい。
まず、持続可能な経済成長を考える場合、真っ先に確認すべきは潜在成長率の構成要因であろう。このそれぞれが高まれば本質的な成長となる。確認のためざっくり述べると、①労働力(生産年齢人口数等)+②資本ストック(機械設備の蓄積等)+③生産性等(技術革新等)の3つである。
ちなみに富士通総研エグゼクティブフェローの早川英男氏によると、近年の我が国の潜在成長率の低下には以下のようにいくつかの要因をあげることができるという。
第1に、少子高齢化による労働供給の減少がある。15~64歳の生産年齢人口は、ピークだった1995年の8,700万人超から7,900万人超へと1割近く減った。これが人手不足の主因なのは間違いない。
第2に、民間企業の資本ストックの伸びも長年にわたる設備投資低迷の結果、直近では前年度比1%程度まで低下してきた。
第3に、全要素生産性(TFP:Total Factor
Productivity)の上昇率低下で、正確な数字はまだ確認できないが、これまで貢献してきたエレクトロニクス分野の苦戦や生産性の低い公共事業の急拡大が影響したものとみられる。前2つはもともとわかっていたことだが、足下で「予想外」に潜在成長率が下がった理由は、生産性の低下ということになる。
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出所:「日本経済新聞朝刊経済教室「成長の天井」低下鮮明に」(平成26年6月25日 (株)富士通総研エグゼクティブフェロー 早川英男)から一部抜粋
第1、第2については説明不要だと思う。第3のTFPとは、厳密にいえば、資本生産性や労働生産性も含めた全要素を投入することによって付加価値がどれだけ高まったかということである。経済成長率を考えるうえでは、IT革命などの技術革新やブランド価値など、資本生産性や労働生産性という明確に数値化できる以外のすべてのその他の要素(「すべてのその他の要素」という意味ではM&A時に発生するいわゆる「のれん」に考え方が似ている)の寄与度を示すものとして使用されている。
なお一般的には生産性とは労働生産性(単位時間あたりの労働投入量1単位で、どのくらい付加価値を高められたかをいう)と技術革新あたりをイメージして議論されることが多い。本稿でも同様に捉えるとともに、便宜上、単に生産性という言葉を使いたい。
まず福島県の将来における人口減少、少子高齢化の状況予想を確認してみよう。国立社会保障人口問題研究所の予想によると、2010年時点で203万人だった本県の総人口は、2040年には150万人程度まで減るという。また、年少人口(14歳以下)+老年人口(65歳以上)の減少傾向とそれ以上に生産年齢人口(15歳~64歳)が激減することで、2010年時点で生産年齢人口(124万人)の6割強程度だった年少人口(28万人)+老年人口(51万人)の比率が2040年には年少人口(15万人)+老年人口(58万人)≒生産年齢人口(76万人)とほぼイコールになってしまうという。そして生産年齢人口の数も30年間で124万人から76万人へと約4割も減ってしまう。
次に福島県の経済成長率予測とその要因たる労働投入量の変化、資本ストック量の変化、TFPの変化を平成26年7月に株式会社七十七銀行が公表した「宮城県・東北各県の経済成長率の将来推計調査」によりみてみよう。
当報告書では、二つのケースを想定して試算しているが、一つは労働投入量が2010年のもので不変という想定であり、生産年齢人口が2040年時点で2010年比約4割減少という国立社会保障人口問題研究所の予想とは相容れないことから、ここでは除外し、もう一つのトレンド延長型を前提に議論を進めたい。
<前提> ケース1(トレンド延長型):労働投入量→1980 年~2010年のトレンドで延長 TFP→2000年~2010年の平均値で不変
項目(%)/年度
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2010~2020
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2020~2030
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2030~2040
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経済成長率
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0.21
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0.34
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△0.00
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労働投入量
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△0,74
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△0.75
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△0.91
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資本ストック量
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△0.03
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0.28
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0.10
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TFP
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0.99
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0.82
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0.82
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出所:「宮城県・東北各県の経済成長率の将来推計調査」(平成26年7月 (株)七十七銀行)
この予想からどんなことが読み取れるか。端的に述べれば、+-0に近い資本ストック量を所与のものとすれば、労働投入量の減少分をTFPの伸びで補完し2030年代でも+-0程度の成長率となるということである。逆に言えば生産性の伸びで補えないなら人口要因により福島県の潜在成長率は確実にマイナスになっていくということでもある。ちなみに上記経済予測におけるTFPの前提は2000年~2010年の平均値で不変ということだが、2000年の新語・流行語大賞は「IT革命」であり、2000年代はパソコンやインターネットの普及・活用によりTFPが格段に向上した可能性も、より考慮する必要があるのかもしれない。
次に一般的な生産性向上による経済成長のイメージについて、平成25年版 情報通信白書から、「ビッグデータの流通・蓄積・活用による成長への道筋」を例にとって簡単にみてみたい。

出所:「情報流通・蓄積量の計測手法の検討に係る調査研究」(平成25年 総務省)
図のように「ビッグデータ」という生産性向上の要因を活用することによって、情報伝達・意思決定速度の向上や多様なデータの連結・連携によるイノベーションの創出等による生産性の向上を通じた経済成長が期待できるわけである。
では地方での生産性向上に資する経済・消費活動等にはどんなやり方が考えられるのか(言うまでもなく高齢者や女性、移民の活用といった労働力の増加による生産性向上といった「国家的な」課題もあるが本稿では主に地方の側面から議論することとしたい)。もちろん我が国は他地域との経済交流が行われない閉鎖的な経済体制ではないので本来一地方だけの要因で生産性が劇的に向上するようなことはないが、以下に例を挙げて理想的な方向性を考えてみたい。
第一に、地域の素材を活かし地域内で付加価値を高めたブランド商品を生み出すことである。例えば、従来では形が悪く捨ててしまうしかなかった果物を地域内で加工し、プレミアムなお菓子に変身させ、流通費用をかけず地元もしくは通販で販売するようなことである。あるいは付加価値をうんと高めて県外、できれば海外に輸出することである。
第二に、住民が地元産の商品にプライドを持ち適正な値段でできるだけ地元の産品を買うような消費行動を徹底することである。ナショナルブランドのほうが多少安くても地産地消を徹底し地元商品のロスをなくすようにすることである。
第三に、生産性の高い企業の本社を数多く誘致することである。ここで注意点を挙げれば、例えば、ロボットがすべての作業を行い人間は管理者1名だけの利益率の高い企業があったとすると、当該企業の労働生産性はサプライサイドからみると高いのだが、こういった企業「だけ」だと地域の雇用すなわち購買力の観点からみて持続的な地方経済の成長につながらない可能性がある。
もちろん理想をいえば、雇用規模が大きく、経常利益も高く、ROA(Return On Asetts)やROE(Return On Equity)といった経営指標の数値も高い持続的な成長が見込める企業が理想なのはいうまでもない。
第四に、本県に本社のある企業が海外等から原料や半加工品等をなるべく安く仕入れ、生産・販売することである。要は他の国や地域から付加価値を移転させるような企業行動である。ただし、アパレル産業や製造業の一部等はよいかもしれないが、食品関係企業がこれは地元の素材を使った商品だと声高にPRしたい場合はこの方法は難しい、というようにすべての企業にとって効果的なやり方とは言い切れないことに注意したい。
色々例を挙げたが、要は生産性を高めるとは、いかにコストをかけずに(ムダを省き)価値あるものをつくり出し儲けを出すかということにつきる。そういったハイパフォーマンス企業が地方にたくさんあり、完全雇用でかつそれぞれの従業員の賃金が相対的に高ければ地域経済が持続的に発展していくのである。
もう少し具体例で補足説明してみる。国家戦略特区にエントリーしている兵庫県養父市では、「高齢者の活用による地域新産業創出プラン」と称し、都市向けに販路を確保しつつある一方で、農産物の生産が充分行われていなかったことから、民間企業(やぶパートナーズ(株))が耕作放棄地で高齢者を雇い農業生産・販売を行うという。これなどは地域における典型的な生産性向上の取り組みといえる。
すなわち、販路が確保されていることから少なくとも適性価格で商品が取引されるということと耕作放棄地や高齢者という未利用資源が完全活用(雇用)に向かうということで地域の生産性が向上するのである。そしてその活用を阻害していた要因を自治体が特区申請ということで除外しバックアップしている。今後はこういった自治体のアイデア出しと行動力がより重要になってくるのだ。
また、既に本県では全国有数の医療機器生産県であった実績とともに、福島県立医科大学をはじめ日本大学工学部や福島大学、会津大学においても医療機器関連の研究開発が熱心に進められている特徴を活かし、産学官の連携による医療機器関連分野の集積を図るため、平成17年度から「うつくしま次世代医療産業集積プロジェクト」を実施している。さらに平成26年度には、医療・福祉機器分野にも応用できるロボット産業を集積すべく、東京電力福島第1原子力発電所事故の被災市町村内に災害対応ロボットの産業集積拠点をつくろうと進出企業を支援している。
このような県の取り組みにより同じ分野の企業をはじめ産学官が集積すれば、諸コストが削減されるだけでなく世界に誇れるオンリーワンの商品開発にも有利で生産性が向上する可能性が高まるのはいうまでもない。
今後、働き手(生産年齢人口等)が減少する中、いかに少ない人手で付加価値を高めた製品・商品をつくり、とりわけ海外に販売していくかが本県に限らず我が国の経済成長にとって重要になる。 本県では上述のとおり医療機器産業など仕掛けをはじめている分野もあるが、サービス産業、農林水産業、福祉産業等々まだまだ生産性の面で改善の余地がある産業・個別企業が数多くあると思われる。
近年、お金をかけずに価値ある生活を過ごそうという若者等が田舎に向かっているという流れはある。例えば、田舎で隣の農家の方から野菜をもらって自分で食べるだけなら経済統計上はむしろ農家の生産コスト分マイナスになるが、そのお返しに雪かきや農作業をお手伝いするような場合は、実質的に経済成長に寄与している場合もあろうし、仮にそうでなくても数字に現れない田舎での価値ある暮らしに結びついているといえる。
ただ、こういった流れが地方の農業再生や地域活性化につながっていくとしても、まずは地域経済の持続的な成長を目指すことが必要であろう。
近い将来、天才があらわれ、「IT革命」以上のインパクトのある発明が出てきて地域経済の生産性が劇的に向上するかもしれない。それは私にもわからないが、これからの時代、経済が右肩上がりの時代の大量生産・大量消費モデルや国内に適当な働き手がいるのに海外に工場を移転し安い賃金で価値ある商品を輸入するような事業スキームは、短期的・ミクロ的には良いかもしれないが、中長期的・マクロ的には経済成長の観点からは必ずしも良いとは限らないことを認識すべきである。これからは生産性の一層の向上ということが、これまで以上に企業経営における一つの重要なキーワードになっていくはずだ。
これから第一線で働く人が少なくなる厳しい時代に向かっていくが、地方もまずは一義的に経済成長を目指す必要がある。そんな中、自治体は地域経済をマクロ的に捉え持続的な経済成長に資するよう規制緩和をはじめ各産業の生産性が向上する様々な制度設計や支援策を考え・実行していく必要がある。
本コラムがそのきっかけとなれば幸いである。
(参考文献) ○「日本経済新聞朝刊経済教室「成長の天井」低下鮮明に」(平成26年6月25日 (株)富士通総研エグゼクティブフェロー 早川英男) ○「宮城県・東北各県の経済成長率の将来推計調査」(平成26年7月 (株)七十七銀行) ○「平成25年版 情報通信白書」(総務省) ○「国家戦略特区事業提案」(平成25年8月28日 兵庫県養父市)
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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