<1 はじめに>
読者は「もろこし」と聞いて何を思い浮かべるだろうか。一般的な答えとしては「とうもろこし」の略称としてだと思われる。
しかしながら本稿で取り上げる「もろこし」とは、イネ科の一年草で、4,000年もの間アフリカやアジアで栽培されており、世界で最も広く消費される食用穀物のひとつ(小麦、米、とうもろこし、大麦に次ぐ)のことである。いわゆる雑穀と呼ばれる穀類の一種であり、別の呼称としては、ソルガム、コーリャン、タカキビがある。
ちなみに、諸説があるが「とうもろこし」は、中国(唐)から伝わった穀物「もろこし」、すなわち「唐もろこし」が語源のようだ。そういえば筆者の亡くなった祖母もよく、とうもろこしを「とうきび」(唐キビ)と呼んでいたのを思い出す。そういう意味では、由来が全くないわけではないが、現在では、以下の「もろこしつぶ」の写真を見てもらえればわかるとおり全くの別物と考えて良い。
本稿では、この「もろこし」を活かした地域づくりを進めている、福島県伊達市梁川町白根地区(以下「白根地区」という。)の取り組みを紹介したい。
 
もろこしだんご もろこしつぶ
<2 白根地区における「もろこし」を活用した取り組み概要>
そもそも白根地区では、地形(丘陵地帯)や土壌(花こう岩の礫質砂質土)の関係で水田、畑とも農業生産力が低く、古くから補食として「もろこし」が栽培されてきた。
伊達市梁川町方部は、明治・大正期には「蚕都梁川」として、国内はもとより海外にまでその地名を轟かせるほど養蚕が盛んだったが、安価な外国産繭が輸入されるようになったことで蚕農家は急激に減少し、白根地区においても200戸を超えた養蚕農家が平成5年にはわずか10戸程度にまで激減した。
そこで地域活性化のため取り組んだのが、「豊かな白根の里づくり運動」であり、その中でそれまで粛々と受け継がれてきた「もろこし」を地域振興の目玉にしようと考えた。
平成4年には「もろこし」を中心とした白根地区の地域づくりの取り組みが評価され、農林水産大臣賞を受賞したことで来訪者が増えるなどの盛りあがりをみせた。中でも「もろこしクッキー」が評判になったものの市販はされず、その後関係者の高齢化等により、活動は徐々に衰退していった。
もろこしを原料とした商品のなかでも、販売量は少ないながらもスッキリとした味わいの焼酎は好評を博しており、平成11年から白根地区のもろこしを原料に、製造は県外の酒造会社に委託し継続的に生産・販売してきた。しかし平成23年の福島第一原子力発電所の事故による風評を気にした県外の酒造会社が委託生産を辞退したことから、現在は県内の酒造会社により委託生産が続いている。
 
もろこし焼酎「白根万歳」 商品化された「もろこし粉」など
出所:伊達市ホームページ
<3 ふくしま自治研修センター政策研究会における調査研究>
ふくしま自治研修センターの政策研究会では、平成26年度の研究テーマとして「未利用資源を活用した持続可能で豊かな地域づくりを考える~里山資本主義的地域づくりの研究~」を行ったが、衰退しつつある白根地区の「もろこし」を未利用資源とみなし、「もろこし」を活用した地域活性化策を調査研究することとした。
調査研究を行うに際し、平成26年7月16日に現地調査を行い、もろこし栽培の現場を見るとともに、「豊かな白根の里づくり推進協議会」の方々から、もろこし事業の歴史、現状、課題、方向性等について話を伺った。
 
もろこし畑 豊かな白根の里づくり推進協議会からヒ
アリング
そのうえで、「組織体制」、「生産」、「販売」に分け、課題を洗い出し、事業の方向性を整理した(下図)。その方向性を基に考えた具体的な提案事業内容の詳細は、平成26年度政策研究会提案事業集(平成26年9月公表)の「みつけっぺ!『もろこし』まるごと再発見事業」
(http://www.f-jichiken.or.jp/tyousa-kenkyuu/26seisakukenkyukaiteian.pdf)をご覧いただきたい。
<もろこし事業の課題と事業の方向性(⇒の後)>
1.組織体制
①活動組織が硬直化⇒これまでの活動を振り返る、組織の再編
②人手不足⇒人材育成、外部に求める
③楽しさが不足⇒おいしく食べる機会を増やす。生産活動をイベント化
2.生産
①供給が不安定、栽培作業の負担が大きい⇒栽培指導、品種の選定、生産拡大、生産提携
3.販売
①食べ方など素材を知らない⇒成分表、レシピ、テキスト作成
②商品力不足⇒商品開発
③儲からない、販路が限定⇒付加価値を付けて販売、直売所、事業所への売り込み
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出所:平成26年度政策研究会提案事業集(平成26年9月)
その後、上記提案事業内容を研究員から「豊かな白根の里づくり推進協議会」に説明したところ、提案事業を進めるためにも一度専門家の話を聞きたいということになり、ゆっくりとではあるが提案事業の具体化が進みつつある。
できることからはじめよう!ということで、平成27年3月21日には食総合プロデュサーの金丸弘美氏による講演会の開催を予定している。
また、去る平成26年11月2日に開催された白根地区住民による「もろこしフェスティバル」には、本来、部外者であるはずの担当グループの研究員6名が参加し、もろこしホットケーキ400人分を振る舞い来場者の好評を得た。
 
もろこしフェスティバルに参加した研究員の面々
以上のように白根地区では、「もろこし」を活かした地域づくりを改めて進めてみようと、関係者一同が立ち上がろうとしているところである。
<4 今後の取り組みの留意点>
ところで、私は地域資源を活かした商品開発については、いくつかポイントがあると感じている。筆者が過去に本コラム欄で書いた概要を以下に要約し記載する。
①あくまで顧客目線、商品を買う側の視点で考えること。商品開発の際にはあくまで美味しいという点を突き詰めるべきで、珍しいという点は副次的なものにすべき。
②①上記にもつながることだが、今後の展開も見据えたものにすべき。中途半端なもの(作り込みがたりない、思いつきで作ったようなもの、単なる語呂合わせの商品など)の販売は再考すべき。
③販売を目指す顧客層(ターゲット)を明確にすること。
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出所:「県産品のPR・販売の現場で感じたこと」(2013.11.28)から抜粋し要約
まず、①②の点であるが、「もろこし」は、今となっては珍しい地域資源であるが、同時に食品会社があえて主食品の原料としては使わなくなったものでもある。したがって、珍しい「もろこし」が原料の~という謳い文句だけでは持続可能な商品とはならない可能性が高い。とりわけ食品であればなおさらである。「もろこし」を原料とした美味しい食品を開発するためには相当な工夫が必要となることは容易に想像できる。
去る平成27年2月13日に開催した政策研究会報告会でも、ふるさと回帰支援センターの見城美枝子理事長から、「もろこしとはコーリャンの別称であり、戦前の食糧難の時代にこれを食べざるを得なかった方々は引いてしまうのではないか。商品化する際には、マイナスの部分も明らかにしたうえでプラスの部分をうまく活用するよう考えて欲しい。例えば、一つの方向性として、「もろこし」は雑穀ということから、健康志向の食品等に使えるのではないか」旨の指摘があった。
これについては筆者も同感であり、だからこそ白根地区では、まずは食総合プロデュサーの金丸弘美氏を招いて講演会を開催し、ひいては氏の提唱する食文化のテキスト化とワークショップ(以下参照)開催に興味を示しているわけである。
(食文化のテキスト化とワークショップ)
食やブランドを伝えるもっとも具体的な方法は、地域の食の調査を行い食材のテキストを作成して、料理までを作るワークショップ(参加型講座)を行うことだ。
食材の背景、歴史、文化、環境、地域、品種、栽培法、加工法、味の違いまでを調べ、それをもとに公開で料理までおこなうのである。
地域の食のブランド化や、食を取り入れての観光事業をするにも販売を行うにも食材の調査は欠かせない。
食材のテキストがあり、生産者や料理家が参加すれば、素材の持ち味から、食べ方、地域の文化や、新しい料理の展開まで、だれにでもわかる。地域の個性も明確に打ち出すことができる。
またたびたび問題となる食品偽装にも背景がわかるテキストがあれば明快な解答をだすことができる。
テキスト作成は、地域の食からブランド化をうながし、地域のために経済を作る基本のマーケティングでもあるのだ。
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出所:「食文化のテキスト化とワークショップから創造する地域のブランド事業」
(2011.5 金丸弘美)
「もろこし」は、繊維が小麦の8倍、鉄分が小麦の5倍、マグネシウムが白米の5倍含まれる等、健康食品としての特性がある。また、既に、だんご、もち、クッキー、コロッケ、おかゆ、おやき、おこわ、お好み焼き、雑穀ごはん等で食用に使用されている。このように色んな可能性があるわけで、今後、テキスト化とワークショップによって、どんな使用方法が新たに生まれてくるのか今から楽しみである。
なお、私見ではあるが、現時点での「もろこし」を使った商品としては焼酎が一番良いと思う。クセがなくスッキリとした味わいはどんな料理にも合うが、特に油っこい料理に合わせると最高だと思う。
次に③の点についてであるが、ブランド戦略を考えるにしても、コスト削減ひいては持続可能な商品とするためにも、顧客層(ターゲット)を明確にすることは必須である。テキスト化とワークショップを行ってどんな商品が製造可能か検討する際には、その先を見据え、どこにその商品をどのくらい置いて誰に買ってもらうのかをイメージしながら行いたい。いわばマーケティングである。
食品開発のワークショップを行う際に、例えば、大学生をターゲットにしたスイーツ等を商品化し、販売網を拡大して首都圏のスーパーに定期的に商品供給しようとするなら、そういった人達もワークショップに参加してもらうべきである。でないと、つくったは良いが、全く売れない自己満足の商品となってしまいかねない。これはかかったコストもさることながら、関係者のモチベーションにも大きく影響する。
あるいは、いわゆる富裕層をターゲットにして、首都圏の百貨店に数量を限定した価値あるものを提供するなら、対象者に加えて、例えば百貨店の専門のバイヤー等も参加してもらうべきである。
さらに首都圏向けに販売するなら、なおさら商品のパッケージやPRの仕方なども商品の中身そのものと併せて商品開発の時点から議論すべきであろう。
もちろん販売時には県のアンテナショップなどで実際に試食や試験販売を行うとともにアンケート調査を行いその結果をフィードバックさせたうえで本格的に売り出すというという手順が必要になってこよう。
なお、本稿では食品をイメージして書いたが、もろこしを原料とした「ほうき」など食品以外の商品化の可能性もあることを申し添えておきたい。その際にも同様に、ターゲットを含め関係者を集めたワークショップを行うとともに、例えば、ターゲットに1ヶ月使用をお願いするモニタリング調査を行うこと等が重要となる。
<5 おわりに>
人口減少、少子高齢化が進む地方では、交流人口、定住人口を増やそうということで各自治体等が様々な戦略を考え実行している。本稿で取り上げた「もろこし」を活かした取り組み(新たな商品開発・販売)は、当該地域にとってその大きな起爆剤となることが期待される。
一方で、「もろこし」のテキスト化やワークショップを行った結果、外向けに商品化できるようなものが考えられなかったということもあり得る。その際にも、「もろこし」は当該地域の伝統・文化であり、地域における生きがいづくりのためにも、小さな経済圏の中で継続して栽培・商品化し続けられるような仕組みを考えていかなくてはならない。この点も、今回の取り組みの中で重視しなければならないポイントだと考える。
「もろこし」を活かした地域づくりは緒についたばかりであるが、福島における地方創生のモデルケースとなるよう関係者の更なる頑張りに期待したい。筆者もその行方を今後ともウォッチしていきたいと考えている。
<参考文献>
○「県産品のPR・販売の現場で感じたこと」(2013.11.28 植田 本コラム欄)
○「食文化のテキスト化とワークショップから創造する地域のブランド事業」(2011.5 金丸弘美)
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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