2015.3.20
  「財政健全化に向けて」

                                         主幹  植田 浩一


  財政危機が叫ばれて久しい。財務省及び内閣府のホームページから我が国の信用力を見る際によく使用される国及び地方の長期債務残高を確認すると、戦後、昭和40年度の補正予算で赤字国債が発行されて以降、その金額は趨勢的に増加し、平成26年度末には初めて1000兆円を突破する見込みである。
  また、国及び地方の長期債務残高は、平成10年度に約553兆円(GDP比約108 %)と概ねGDPと同じだった頃から比べて、平成15年度には、約692兆円(同約138%)、平成20年度には、約770兆円(同約157%)、平成25年度には、約972兆円(同約201%)と、15年間でGDP比が2倍に激増した。
  この原因は平成10年度時点で約511兆円だった名目GDPが、平成25年度時点では約483兆円と減少しているとともに、デフレ脱却のための景気対策等により借入金自体も約76%も増えていることが原因である。
  平成25101日現在の我が国の人口が約12700万人であるから、ストックベースで人口一人当たり約765万円もの借入金を抱えている計算になる。

一方、日本銀行の資金循環統計によると、平成25年度末の時点で家計の金融資産残高は約1624兆円あり、借入金の約972兆円を差し引くと、約650兆円のネット資産がある。このことが我が国に増税余地があると理解されている一因である。加えて、国内居住者が安定的に国債の大半を所有していること等から、投資家には現時点で国債のデフォルトリスクはない(BIS規定上のリスクウェイトもゼロ。つまり自己資本比率に影響を及ぼさないため金融機関は国債購入のインセンティブが高まる。)と理解されている。
  現時点のソブリン(国債)格付け(注1)を確認しても、国内勢のJCR()日本格付け研究所)がAAA(最上級)、R&I()格付け投資情報センター)がAA+(上から2番目)と高い格付けを付与している。一方で、海外勢のムーディーズがシングルA1(上から5番目)、スタンダード&プアーズがAA-(上から4番目)、フィッチ・レーティングスがA+(上から5番目)と日本勢よりはやや低い評価だが危険水域に達しているとまでは見られていない。
  ただし、近年、消費増税の1年半の延期等により海外勢は格下げもしくは見通しをネガティブ(格下げを検討)としている。

 問題は現在の我が国の状況が財政危機といえるかどうかであるが、過去にデフォルトもしくは財政危機が起こった国と比較しても人口や経済規模等、経済のファンダメンタルズが異なるのでなんともいえない。
  例えば、平成21年の政権交代時に財政が危機的状況であることが発覚し大きな問題となり、今年に入っても2月に欧州中央銀行(ECB)の支援延長で危機を乗り越える等、綱渡りの財政運営を続けるギリシャでも、平成25年度で長期債務残高がGDP比約175%と日本を下回っており、それだけをみれば日本のほうが危機的状況のように思える。しかし、前述のR&Iの格付けは我が国が最上級に近いAA+なのに対し、ギリシャはB-と投機的水準に位置付けられており、単に長期債務残高のGDP比だけが問題ではないことが分かる。

 一方で、財務省が公表している平成24年度末の国のバランスシートをみると、477兆円の債務超過となっているが、いわゆる各外郭団体や各自治体、各民間企業、各家計のバランスシート等を足し引きした総合的な数字ではないので、国全体としてこういう傾向なのかどうか一概には判断できない。
 仮に自治体も含め公的機関が同様にバランスシートを作成し、単純に全部を連結させて黒字になったとしても、借入金の支払い余力の観点からは、例えば、資産である道路を売却可能資産(いざというとき換金可能な資産なのかどうか)と見るかどうかといった難しい問題もある。
  民間企業の財務を見る際にも単に負債の額が大きいから問題というだけではなく、総資産規模や純資産見合いで評価するのが筋なのはいうまでもないが、一国の財政においては総資産をどう捉えるかによって借入金の支払い余力が大きく変わる点もポイントになる。

以上のように基本的な数字及び情報を羅列したが、では実際、我が国の財政危機の深刻度は現時点でどの程度で、どのくらいの借金が我が国にとって財政危機の「臨界点」なのだろうか。
  結論としては、正直、専門家でもよくわからないというのが本音であろう。借金返済に回せる換金可能な公的資産がどのくらいあるのか、増税余地はどのくらいあるのか、ギリギリの状況になったときの政治的リスクはどんなことがどの程度あるのか等々、定量的には誰にもわからないことだらけだからである。

ただ、臨界点の額はわからないが、誰が臨界点を決めるのかはわかる。実質的に臨界点を決めるのは「投資家」である。そしてその評価が問題になる。対外的な評価として、日本は危ないというふうになった場合、雪崩をうって財政危機が顕在化する可能性がある。
  ただし、例えば、日銀が公表した平成263月時点の国債の保有者別内訳をみると、「海外」は4.1%とごくわずかであり、「銀行等」が381%、「生損保等」226%、「日銀」187%といった国内の機関投資家等が大半である。つまり身内が持っているのであり、その身内ですら手放さざるを得なくなった場合にはもはや臨界点どころではないだろう。

だからこそ、海外勢の評価は気になる。それは前述のとおり近年、海外の格付け会社が我が国のソブリン格付けを格下げしたり、格下げの可能性をにおわせたりしているところからも心配なところはある。
  近年は国の格付け水準を上回る企業も多いが、ソブリン格付けは基本的には日本企業の格付けの天井となる。グルーバル化が進展する中、国が多額の借入金という爆弾を抱えたままでは、経済の面だけをみても民間企業の相対的な低格付け化を招きかねず日本経済の発展を阻害する要因になりかねない。

 さらに、原発事故以降、エネルギー関連の輸入により、貿易収支の赤字が続いており、今後ともこの傾向が続けば経常収支は赤字に転じる可能性もある。そうなればマクロ的に見て三面等価の原則により(注2)海外からの借入金で財政運営しなければならなくなり海外からの目も厳しくなることが予想される。
 また、借入金の額自体が問題ではないとは述べたが、国家の運営は民間企業のように借金してでも収益機会を逃さないようにしたり、ROE(注3)といった経営指標の向上を目指すものではないことから、むしろ過去15年間でGDP比が2倍に激増した「急速な借入金の増え方」に懸念を覚える海外投資家も多いのではないか。

 加えて、いわゆる異次元緩和がはじまった平成25年の4月以降は国債は実質、日銀が買い支えており、市場に出回る国債は相対的に少なくなっている。よくいわれるように流動性が少なくなれば、ちょっとしたことで長期金利(10年物国債の金利)が乱高下するリスクは高まる。平成271月には長期金利が市場初めて01%台という政策金利(注4)とほとんど変わらない驚異的な値が付く等、現在は低位安定しているが、何らかのきっかけで不安が不安を呼ぶと一気に長期金利が跳ね上がる(=国債価格の暴落)可能性はゼロではない。

 おって、平成27310日付け日本経済新聞朝刊によると、バーゼル銀行監督委員会で、金利の急上昇リスクに備える新たな枠組みを考えており、銀行が持つ国債等の金融商品に追加で資本の積み増しを求める案が出ているという。仮にこれが実行され、国債保有に多少でもリスクが伴う(リスクウェイトがゼロでなくなる)ことで、保有者の割合が国内の機関投資家等から外国人個人投資家等に移っていけば、我が国の財政はいわゆる市場原理と向き合うことになり、ナーバスな状況になる。こういった市場環境の変化への対応の観点からも我が国の財政健全化は急務である。

では、財政を健全化するためにはどうすれば良いか。財政健全化には、大きくいえば二つの方法がある。一つは歳入増加と歳出削減であり、これは債務の「額」自体を減らす方法である。もう一つは名目GDPの増加や物価高によって債務の「比率」を低下させる方法である。
  急激な歳入増加(例えば、消費増税)や歳出削減(例えば、社会保障関係費削減)等は政治的に厳しく、理想は歳入・歳出額を維持したまま経済成長とそれに伴う物価高によって、経済規模に対する実質的な債務比率を減少することであるが、現在は高齢化が右肩上がりで進行している状況であり、それに伴う歳出が増え続けることから、現実的には歳入・歳出額をパラレルにすること(プライマリーバランスゼロ)がそもそも難しい。
  政府は2020年度(平成32年度)までにプライマリーバランス(基礎的財政収支)を黒字化しようと考えているが、それが達成されたとしても更なる歳入増加と歳出削減、もしくは持続的な経済成長がなされなければ債務額や債務率は減らない。
  つまり、プライマリーバランスゼロを維持しながら経済成長する必要があるわけで、そのためには潜在成長率の増加、すなわち、労働力の増加、資本ストックの増加、生産性の向上が必要になる。この中で最も見込みがあるのが生産性の向上という点だろう。
  例えば、ある製品を国策としてブランド化し比較優位をつくり出しつつ付加価値を高め海外に輸出すること(現在でいえば、イタリアのワインやオリーブオイル、フランスの革製品等のいわゆる6次化商品)や工業用ロボットによって人手をかけないで製品製造することを実質完全雇用の環境のもとで行うこと、未利用な有効資源(例えば、遊休農地、雇用ミスマッチによる失業者、捨てられた野菜や木くず等々)をフル活用し付加価値をつけ海外に販売すること等といった地道な取り組みの積み重ねが重要になる。
  プライマリーバランスゼロのもと、もしくはゼロに向かいつつ、こういった取り組みが「財政健全化に資する」と投資家に納得されれば、我が国の財政は持続可能なものになっていくのである。

 ところで、自治体職員にとって財政担当者以外、財政危機はある意味遠い存在かもしれない。自治体財政を事実上オペレーションしているのは国だからである。だからこそ住民の現場に近い自治体職員がさらなる財政健全化を意識した取り組みを行うことが効果的ではないのだろうか。

 例えば、従来から指摘されていることだが、一年度限りの使い切り予算という制度が財政悪化を招いている一因であることは論を待たない。民間企業であれば予算が余れば当該企業の利益(剰余金)、すなわち善となるわけだが、自治体の場合は逆に予算を余すということは、住民のサービス低下等を招く、すなわち悪のイメージがある。さらに実際「予算が余ったから使い切ろう」というムダな歳出があることもまた事実であろう。加えて、補助金も「不要不急でもないが、もらえるならとりあえず申請しよう」という感覚が少しないだろうか。
 確かに民間企業の場合は、最終的なアウトプット(商品)が決まっていて、それをいかに支出を削りつつ良い物にしていき、利益を出すかということが重要だが、自治体の場合、予算の範囲の中で最終的なアウトプットをいかに良いものにするかが重要であり、どうしても全部の予算を使い切ることにインセンティブが働いてしまう。
  こういった自治体職員の意識改革や財政制度改革も我が国の財政健全化には大きなポイントとなる。

本稿では我が国の危機的な財政状況の解説に紙面をさき、具体的な政策についてはあまり触れなかったが、アベノミクス第3の矢である「成長戦略」の着実な実行が重要なのはいうまでもない。また、2020年度(平成32年)までのプライマリーバランスの黒字化に向け今年の夏までに政府が策定する予定の財政健全化計画の内容にも大いに期待したい。

一方で自治体の取り組みも重要になる。今後、人口減少、少子高齢化に伴い自治体間競争は激しさを増すことが予想されるが、我が国の財政も厳しさを増すことから、民間活力を活かすとともに、一言でいえばいかに業務を「カイゼン」できるかがポイントになる。自治体職員一人一人が生産性向上を意識した仕事の進め方が重要であり、それがひいては我が国全体の財政健全化につながっていくということを我々自治体職員は肝に銘じておかなければならない。

(注1)格付けとは、債券や銀行融資等の借入が約束したとおり期限までに全額還ってくるかどうか(信用力)を簡単な記号で表したものであり、例えば、R&Iの場合だと、最上位のAAAからDまでの9段階に分けて表記している(実際はさらにこれに+、-の詳細水準もあり)。BBB格までが「投資適格」水準、BB格以下が「投機的」水準となる。一般的には格付けが高いほど信用力が高く金融機関が融資する際の金利も低い。
(注2)三面等価の原則:経常収支黒字の場合、経常収支黒字+(政府支出-租税:財政赤字)=(民間貯蓄-民間投資:民間貯蓄超過)であるが、経常収支が赤字となると、この式の変形により財政赤字を支えるためには民間投資超過となるので、その分を海外からファイナンスしなければならない。
(注3ROEReturn On Eqity自己資本利益率):純利益が自己資本からどれだけ生み出されたかを示す経営指標。基本的には、ある事業(企業)の収益率が借入金利よりも高い場合、借入金を入れ事業規模を拡大するほどROEが高くなる。
(注4)政策金利:現在、日本銀行のいわゆる「ゼロ金利政策」により、銀行間で1日貸し借りする金利である無担保コール翌日物金利(コールオーバーナイト)を政策的に01%に誘導している。



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません