里山資本主義の考え方は、提唱者である日本総合研究所主席研究員の藻谷浩介さんとNHK広島取材班が書いた『里山資本主義 ―日本経済は「安心の原理」で動く―』という本が、2013年7月に発売されて以来、新書大賞を受賞してベストセラーになっていることもあり、最近ではずいぶんと知られるようになってきた。
簡単に表現すれば、お金を中心に考えるマネー資本主義の対極あるいはバックアップ機能として、里山でお金にならないものを生かしながら楽しく生活しようという考え方だ。このコラム欄でも、昨年11月に筆者も参加させていただいた福島県主催の阿武隈地域シンポジウムの様子をまとめた「里山の魅力を見直す」(2013.11.21掲載(注))として紹介したことがある。
2011年にNHK広島放送局が地元のテレビ番組として取り上げて以来、すでに3年間が経過しているが、今日の地方の疲弊化、エネルギー価格の高騰などの危機的状況の深刻化により、ますます話題になっている。そして、この6月1日にも、NHK・BSのBiz+サンデーという番組で、100分間の特集番組が組まれた。
番組内容は、島根県大田市の石見銀山遺跡にある古民家を改修したホテルを借りてスタジオとし、メイン・ゲストとして、藻谷浩介さん、星野リゾート代表・星野佳路さん、そして都度取り上げる話題にあわせて各現場で活躍されている会社社長や事業家らがスポット的に参加するという、このテーマらしくゆる~いスタイルで進められた。しかし、その内容は「里山資本主義が日本を変えるのか?」と強烈で、国内外各地の事例を紹介しながら、具体的でわかりやすく学ぶものが多かった。
里山資本主義は、今年度、当研修センターが実施している「政策研究会」の研究テーマとして取り上げていることもあり、以下にその内容を、要約的にまとめてみた。なお、同番組では、事前に1900を超える自治体などからアンケート回答や意見をまとめており、また同時進行で視聴者からの意見も掲示されていたので、併せていくつかを紹介してみたい。
○岡山県真庭市(人口5万人)にある製材所・銘建工業(社長中島浩一郎さん)は、銀行から10億円借りて、木くずを原料として使う発電所を建設して発電することで、製材所で使う木くずの処理にかかっていた年間2億円と年間1億円かかっていた電気代が節約できた。さらに、余剰電力を電力会社に販売することで売電収入が月1千万円近くある。そのきっかけはバブルの崩壊による赤字からの脱却をめざしたことで、発電所をつくり経費を節約することで経営改善が実現した。
さらに、CLT(強度を高めた集成材)の利用を進めている。CLTは、パネルで建築物ができ、エネルギーロスも少ない。オーストリアでは、木造7階建てが実現したりしている。現在、日本では原則として4階建て以上の木造建物は法規制により認められていないが、政府はCLTの実用化に向けて検討を進めている。
○真庭市全体でも、小学校の薪ストーブや農家のハウスの暖房源などに木材チップからつくったペレットを利用するエネルギー革命が進んでいる。原油とは異なり長期にわたり価格が安定しているのがいちばんの長所である。また、エネルギー自給率の向上をめざして産業団地内に木による発電所を建設中(10,000kwh/年)であり、5万人の電気をまかなう計画が進んでいる。このために放置林の開発が本格化し、新たな雇用にもつながっている。
○オーストリア・ギッシング市(人口4千人)では、町で使うすべての電気を地元の木材の利用により自給自足している。また、地域暖房システムの導入により、全エネルギーの71%をまかなっている。それまではエネルギー源をロシアから買っていたが、安く安定したエネルギーを確保したことで、企業誘致も進んでいる。
わが国では、元来、里山から採れる薪でエネルギーをまかなってきた。戦後、外国から買う石油などに代替されてきたが、以上の事例に見るように、発想の転換により、再び地方で自立する試みが始まっている。星野さんからは、木材に限らず、わが国では水力や地熱(世界で第2位の埋蔵量がある)なども利用可能であり、それに気づくことが大切だとの指摘があった。
○北海道根室市落石地区では、アジアではこの周辺にしか生息していないエトピリカなどの海鳥をバードウォッチングする外国からの観光客が、年間3千人以上に増えている。当初はお金になるわけがないと思っていたが、川崎市から移住した根室市観光協会の新谷耕司さんは、バードウォッチングには世界の富裕層にフアンがいることに自信を持っている。地元の漁船を観光船として活用しているが、今後は野鳥観光の取り組みを地域全体に広げたい考えである。 ○岩手県大槌町のNPO法人理事長、芳賀正彦さんは、震災によるガレキから「復活の薪」として薪を作って販売した。すると、ネットなどを通じて全国から注文があり、4か月で250万円の売り上げがあった。ガレキが整理できた後は、里山の放置林から木を切り出して販売しており、年間120万円程度を売り上げている。町内で薪ストーブや薪ボイラーの利用も進んでおり、若者の林業への就職にもつながっている。 ○福井県池田町(人口3千人)では、家庭から出るやっかいものの生ゴミを、地元ボランティアが週3回回収している。生ゴミを発酵させて牛糞やもみ殻と混ぜた堆肥をつくり、年間480トン生産している。地元農家はこの堆肥を使い野菜生産しており、おもに福井市に出荷しているが、安全安心が評価されて年間1億3千万円を売り上げている。大阪から移住して推進役を担っているNPO法人理事長の長尾信二さんによれば、池田町では、全員の力を合わせないと実現できない、意思決定が早いスピード感ある町政が実現しているという意味で、町の小ささがメリットになっている。
これらの事例からは、地域が持つ魅力は、地元で暮らす住民には分かりづらく、藻谷さんから、Iターン、Uターンといった外の人の声をいかに取り込んでいくかが大切との指摘があった。
○石見銀山生活文化研究所所長である松場登美さんは、時間がつくった味わいは他に代えられないとして、築200年の空家を改装して、自身のアパレルメーカーの本社として利用して、年商17億円を売り上げている。松場さんによれば、石見銀山跡地には、歴史がある、自然がある、コミュニティという親切なつきあいがあるというお金で買えないものが3拍子そろっていた。そして、天然素材を生かす、地元の縫子さんの高い縫製技術を生かす、地域の自然をデザインに生かしたことで、ビジネスとして成功させることができた。400人の町で、この事務所に50人の雇用が実現している。松場さんは、大切なのはあきらめずに続けることだと述べた。
星野さんからは、単なる地域の魅力は実はどこにでもある。大切なのは、その地ならではの魅力を見つけることだ、との指摘があった。
○千葉県佐倉市ユーカリが丘の住宅開発(開発面積240ha)が注目されている。開発事業者である山万の開発方式は、1年間に2百戸ずつの販売を続けており、結果として多様な年代がバランス良く生活できる開発が実現している。さらに高齢化の進展に際して、団地内の郊外から町中心部への住み替えを斡旋することで、高齢者には、長年のコミュニティが維持できつつ、近場の介護施設が利用できている。さらにグループ会社で、民間交番、ホテル、無料巡回バスの運行などを行っており、40年間の全体利益は黒字で経営できている。
この事例は、短期の利益を追わない里山資本主義的な経営を進めており、藻谷さんは、都会の中にも活用可能な新しい資源があると表現した。キャスターの野口修二さんからも、里山資本主義の考え方を、隠された価値を見いだして、お金にはあまりつながらないが、地域や人々を豊かにする行為として考えると、都会にも当てはまるのではないか。いわば「拡大里山資本主義」と言えるのではないかとの提起があった。
以上に紹介したような里山資本主義の考え方については、全国の82%の自治体が有効と回答している。しかし実際には、それほど広がっていないのではないか、との投げかけがあった。例えば、番組で紹介された問題事例として以下があった。
○埼玉県小川町では、かつて廃材を利用して固形燃料を生産していたが、採算が合わずに撤退した。 ○長野県千曲市では棚田のオーナー制度を実施しているが、なかなかお金につながらないという問題がある。いかにビジネスにつなげるのかが難しい。
これに対して、二人のゲストからは目先の利益を追わないことが大切、長期の眼で利益の最大化をめざすことが大切ではないか、との発言があった。
○熊本県あさぎり町では、温泉施設に木質バイオマスをつかったボイラーの導入を検討しているが、燃料確保のための労働力不足に不安がある。中山間地域では、労働力や担い手の確保が困難という意見が多い。
このような問題に対しては、星野さんからは、移住者は地方に1~2年住めば都になる。地方大学と単位互換を認めるなどにより、東京の大学生に地方で学ぶ機会を増やしてはどうか、との提案があった。藻谷さんも田舎の生活は楽しく豊かであることをもっとアピールすることが必要だと述べたが、さらに星野さんからは、地方では人が少なくいろいろな権限を与えるために、人の成長スピードが速いメリットもあるとの指摘があった。
そして、人を呼び寄せるのは仕事だけではないという事例も紹介された。
○鳥取県大山の裾野地域には、年間100人以上が移住してきている。その誘因は、大山の風景の魅力だ。大山を見ていると心が落ち着く。さらに有機農業に適した黒ボク土も豊富とあって、そんななかで農業をやりたいという挑戦者や、地元の地下水と余った果物をあわせた天然酵母を生かしたパン屋さんなどが移住している。 ○島根県津和野町左鐙(さぶみ)地区にある森のようちえん(山のこども園うしのしっぽ)は、自然の体験を生かして人を集めている。園舎も遊具もないが、自然の中で遊ぶことで、子どもたちをたくましくしている。子どもを持つ4家族など30人以上が移住して生活を始めている。同幼稚園の京村まゆみさんは、教育の資源が豊富にある地域の良さを生かしたいと述べていた。
このような状況を踏まえると、人々の価値観が多様化している、多様な生き方が始まっていると考えられる。藻谷さんは、その場所・特色を生かすと商売ができる環境ができてきているのではないか。また、どのように多様化した価値観に対してアピールしていくのか、特色を出していくことが大切である。森のようちえんの活動は、もともとは同じ鳥取県の智頭町でやってきたことでもあり、田舎同士で勉強し合うことも大切だ、と指摘した。
○兵庫県養父(やぶ)市(人口2万6千人)は、美しい棚田を売りにしたら、一時的に新規就農者が集まったが、結局、定着しなかった。一方、耕作放棄地が増加している状況があり、そこで、農業国家戦略特区を提唱して、国に認められた。特区の内容としては、新規参入者が農地を取得しやすいように、売買の権限を農業委員会から役場に移した。副市長の三野昌二さんによれば、さらに、資金力のない若者に、市が農家から農業機械を借り受けてあっせんしたり、自立するまでの間はコンビニなどの仕事も紹介している。なおこの特区には、現段階では地元の農業委員会は反対しているが、耕作放棄地を減らしたいという目的は同じなので理解を得る努力を続けたいとのことであった。
以上に紹介した各事例ほか、番組中に以下に列記するような事例も紹介された。
○大分県国東市では、駆除した鹿肉を捨てずにジャーキーに加工して販売し、首都圏を中心に全国の愛犬家から注文が相次いでいる。 ○大阪府岸和田市では、バンブー農法として、放置竹林をボイラー燃料としたり、野菜や果物の肥料などとして利用している。 ○長野県野沢温泉村では、冬の雪を貯めておき、雪室として日本酒や野菜を貯蔵する施設に利用している。 ○大分県中津市では、ヒノキやスギの未利用材を活用して、森の香りのエッセンシャルオイルを製造・販売している。 ○東京都世田谷区では、世田谷には里山はないが、里山資本主義を埋もれた地域資源の有効活用と考えると、住宅の屋根を利用した太陽光発電が可能で、「ヤネルギー」が増えている。
番組を終えるにあたり、星野さんからは、単に良いことだからやろうということだけでなく、同時に経済採算性の確保が大切なこと、そしてマネー資本主義のサブシステムでなく、マネー資本主義を超える試みに育って欲しい、との投げかけがあった。また、藻谷さんは、里山に限らず日本全体さらには世界全体を変えていくような新しい試みになっていくのではないか、と応じた。
さらに野口キャスターは、里山資本主義の定着に向けて、①気づいた人材が活躍できる環境づくりが大切、②急速な人々の価値観の多様化にどう適用していくのかという選択と判断、そして、③資金確保などの物理的な問題もあるが、しなやかで柔軟な発想が大切ではないか、とまとめた。
筆者の感想としては、以上に列記したような豊富な各地の事例紹介が、難しいテーマをわかりやすい番組にしたと感じた。また、一時期、ケニア出身でノーベル平和賞を受賞したワンガリ・マータイさんが、わが国における環境配慮の精神を「MOTTAINAI(もったいない)」として表現して世界的に話題となったことがあったが、同じように(拡大)里山資本主義の考え方は、じつは里山のみならず都市でも有効であり、さらに世界にも大きく広がっているように感じた。
(注)ふくしま自治研修センター コラム「里山の魅力を見直す」(2013.11.21)
http://www.f-jichiken.or.jp/column/141/yosioka141.html
参考文献 NHK・BS 2014年6月1日放送 Biz+サンデー「里山資本主義が日本を変える!?」
http://www4.nhk.or.jp/bizplus/
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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