2015.7.22
  「ソーシャル・インパクト・ボンドの可能性」

                                         主幹  植田 浩一


1 はじめに
 近年、「ソーシャル」(社会的な)という言葉がついた取組が社会の様々な場面で目につくようになってきている。例えば、ソーシャル・ビジネス(SB)、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)、ソーシャル・キャピタル(SC)、コーポレート・ソーシャル・レスポンシビリティ(CSR)等々である。
 これらの「ソーシャル」という言葉に共通して内在している意味合いは、「(特定の個人や企業ではなく)みんなが良くなるため」、「人と人とのつながり(絆)」といった、市場原理に内在する弱肉強食の発想の否定である。したがって究極の市場原理主義の末路ともいえる2008年のリーマンショックと2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故を契機に、我が国でも「ソーシャル」の考え方がさらに浸透してきているのも頷けよう。
  そんなソーシャルな取組の中から本稿では、2010年にイギリスで初めて導入され、「経済財政運営と改革の基本方針2015」(骨太の方針2015 平成27630日)にも明記されたことで最近注目を集めている「ソーシャル・インパクト・ボンド」(SIB)についてその内容を紹介するとともに、普及に向けた課題や福島県での実現可能性等について考えることとしたい。

2 ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)とは
  G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会によると(注1)、SIBとは、投資家、篤志家、財団等から調達する資金をもとに、民間事業者が行政サービスを提供し、事業の成果に応じて行政が投資家に資金を償還する、成果報酬型の官民連携による社会投資モデルである。主に予防分野で導入され、行政支出の削減分が投資家への償還原資となっている。
 また、SIBは、リスクを投資家に負わせることで、行政にとって実績が少なくかつ対応しにくい下表のような社会的課題を解決するための分野の行政サービスが可能になる。

事業領域

概要

想定される評価指標

就労支援

無業状態の若者や社会的弱者(障がい者等)の就労支援を行うことで社会的生産性の向上と社会的コスト削減を図る。

・就労数の増加
・生活保護受給者数の減少(生活保護費の削減)
・所得税等納税額の増加
・社会保険料徴収の増加

高齢者医療・

介護予防

高齢者を対象に健康増進、介護予防プログラムを行うことで、高齢化に伴い増加する医療費・介護保険費用を削減する。

・高齢者の健康状態の改善
・対象となる高齢者の対前年度比医療費・介護保険請求額の削減

児童擁護
養子縁組・里子里親

現在主流の児童養護施設による養育ではなく、養子縁組を促進することで、養育環境の改善と施設維持コスト等を削減する。

・施設で養育される子ども数の減少
・措置費、維持・管理費の削減

再犯防止

受刑者の再犯を防止する為のメンタルケアや就労支援プログラムを提供することで再犯率を低下させ収監・司法コスト等を削減する。

・受刑者の再犯率の低下

出所:日本財団ホームページ「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)とは」

SIBの標準的な手続きの流れ(下図参照)は、①行政と中間支援組織が社会的課題を解決するため民間資金を投入したい行政サービスを選定し、事業の評価指標と投資家への支払い条件を設定。②中間支援組織が投資家から資金を募集。③中間支援組織と行政間、中間支援組織と投資家間で成果報酬型の複数年契約を締結。④投資家から調達した資金をもとに上表のような領域の行政サービスをNPO・社会的企業等(事業実施者)に委託。⑤事業期間終了後、事業の成果が行政、投資家、NPO等(事業実施者)間で事前に合意した水準に達した場合は、行政から投資家に元本とプレミアム報酬(コスト削減によって捻出した資金の一部)等を付けて支払う。事業成果が合意した水準に達しない場合は、行政からの支払いはなく、投資は投資家から中間支援組織への寄付となる。
 ちなみに、名称に「ボンド」と入っているが、現時点で各国で行われたスキームで債券を発行している事例はないようである。


出所:「途上国開発におけるディベロップメント・インパクト・ボンドの可能性」(20147月 慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授、特定非営利活動法人SROIネットワークジャパン代表理事 伊藤 健)
(注)上図の「行政」には、プログラムの目標達成を判定し、行政が成功報酬を払うかどうかを判断する「独立評価機関」が含まれていると解釈したい。

 SIBは、2010年にイギリスで導入されたのを皮切りにアメリカ、カナダなどで導入や導入の検討がなされている。以下では、先進事例の紹介として、第1号案件となったイギリスのピーターバラ刑務所受刑者の社会復帰支援プログラムについて概要を記載する。

<ピーターバラ刑務所におけるSIB導入事例>

委託者

法務省

事業請負

ソーシャル・ファイナンスUK

サービス実施事業者

4つの非営利組織が1つのプログラムのもと分担してサービスを提供

概要

○短期受刑者の再犯率が高いという社会課題を解決するため、ピーターバラ刑務所において、刑期が1年未満の軽犯罪受刑者3000名を対象に、収監中から出所後の地域社会への復帰までの期間、受刑者、家族、地域、ボランティアのサポートプログラムを実施
○評価期間をあわせて8年間のプログラムで、20109月より実施

事業費調達先

500万ポンド(約8億円)を慈善団体等17の社会投資家から調達

返済原資

○法務省、宝くじ基金

インパクト目標

○再犯率の低下による司法コスト、収監コスト等の低減による便益を算出した上で、目標を設定
○受刑者を3グループに分け、1つのグループでも再犯率がプログラムを受けなかった同種の犯罪者と比較して10%低下するか、3グループの平均で75%低下することが元本償還の条件
○投資家に対するリターンとして最大内部収益率(IRR)13%を見込む

評価・成果の計測方法

○対処後1年間の再犯・有罪判決率を指標として成果を測定
○中間報告では、全国平均に対して再犯率が23%下回る

出所:「社会的インパクト投資の拡大に向けた提言書」(平成27529日 G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会)

3 日本財団が主導する日本におけるパイロット事業(以下は日本財団のホームページにおけるプレスリリースの要約)
 平成27415日に調印式が行われた日本財団と横須賀市における日本初のSIBパイロット事業においては、社会的養護を必要とする子どもに家庭環境を整備するとともに、自治体の公的コストを削減することを目的に、施設養護から家庭養護への移行をさらに加速させるため、日本財団と横須賀市が協力し、特別養子縁組の推進事業を実施することとなった。
  このパイロット事業では、それぞれ以下のようなプレーヤーが参加した。

行 政:横須賀市
中間支援組織:日本財団
投資家:日本財団
事業実施者:ベアホープ(社会福祉事業者)
評価アドバイザー:RCF復興支援チーム/SROIネットワーク/慶應義塾大学

さらに第2弾として、69日には、71日から福岡市、松本市など複数の自治体と連携し、株式会社公文教育研究会が設立した「くもん学習療法センター」が確立している学習療法を導入した認知症予防領域におけるSIBのパイロット事業を行うことが公表された。
  パイロット事業では、今後さらに進むと懸念されている認知症に関連する社会的費用の削減のため、認知機能改善の実績がある学習療法を導入し、高齢者のQOL向上を図ると同時に公的コスト削減を目指して二つのプロジェクトを実施するという。一つは、高齢者福祉施設において学習療法を実施し、被験者の要介護度の変化を計測するもの。もう一つは、健康教室等において学習療法を実施し、医療費・介護費用等の削減効果を検証し、合計200人分のデータを取得し、最終的に社会的インパクト評価を行うというものである。
  そして、1年間の効果を計測。当パイロット事業では事業実施により維持・改善する高齢者の認知症の進行度合いと同時に、その結果削減される行政コストを検証し、検証結果をもとに2016年度以降にSIBを導入したプロジェクトを実施する見込みという。
 また、現在の制度下では、適切なケアを行い要介護度が下がると給付限度額が下がり、施設経営を圧迫することが懸念されるが、SIBを本格導入する際には、施設が成功報酬を受け取れる仕組の設計も検討していくという。

4 現時点におけるSIB普及に向けた課題
  以上のように国や自治体の財政健全化に資するとともに、民間によるイノベーティブな取組が期待できるSIBではあるが、我が国では未だパイロット事業がはじまったばかりにすぎない。導入にあたって、筆者が率直に感じた現時点での課題を以下に述べてみたい。
(1)実施ガイドラインを作る必要性
 複雑なスキームゆえに、制度普及のためにはPFIのように統一的な実施の際のガイドラインを作成する必要がある。((2)~(7)の課題はガイドラインにその手法を記載すべきである。)
(2)投資家の確保
  相対的に日本では少ない社会的事業に投資する投資家(投資団体等)の育成策が必要である。(例えば、投資団体等への税制上の優遇措置や行政や関係団体出資によるリーディングファンドの設立等)
  さらに、本来的にいえば広く個人投資家にも参加してもらうことが理想であるが、費用対効果(投資額に対し契約締結の手間等)の観点から少額の場合は難しく、実務上どの程度に最低投資金額を定めるかという点も課題ではないか。
(3)中間支援組織の育成
 行政・中間支援組織・事業実施者と投資家のマッチングをどのように行うか。言い換えれば、どこが事業推進のイニシアチブを握るのか。もちろん行政が住民ニーズを反映した施策を行うためのスキームでありたいが、例えば、投資家にとって魅力のない事業の場合、お金が集まらず事業自体が進まない可能性がある。
  したがって中間支援組織の存在が重要なのだが、現時点では、コーディネート能力のある有力な中間支援組織候補が各地域にはないように思える。こういった組織の育成も重要であろう。
(4)事業実施者へのインセンティブとモニタリング
 成果目標に対し事業実施者が目標を達成できなかった場合、最終的な責任(リスク)をとるのは、実施事業者ではなく投資家である。したがって、事業実施者はいったん中間支援組織と契約してしまえば、事業目標を達成しなくても、少なくともこの契約に関してはお咎めなしとなる。
  また、性悪説でみれば事業実施者が目標指標に直結する仕事以外の部分で手を抜いたりする可能性もないとはいえない。事業全体の参加者を見渡せば性善説で考えるべきなのかもしれないが、事業が普及し数多くの事業が実施されればほころびが出てくる可能性がある。
  したがって、事業実施者と契約する際には、何らかのインセンティブ契約とともに行政等が事業全体をモニタリングするスキームも長期契約になるであろうからこそ必要ではないか。(筆者はPFIの失敗事例の多くは「行政の任せきりすぎ」が原因だと理解している。)
(5)社会的成果の可否を判定する標準的基準の必要性
 SIBスキームのキモとして、成功基準をどのように定めるかが重要となる。基本的にはそのつど関係者間で定めるべきなのであろうが、ガイドラインの中で標準的な判定基準を定めておく必要がある。
  そういう意味では、「社会的投資利益率」(SROI:Social Return On Investment 3)という指標によって社会的成果を評価するよう研究されているところであるが、住民に説明責任を果たせるような客観的かつ説得力のある指標にする必要があろう。
(6)財政制度上の問題
 行政は単年度予算主義であるとともに、契約の裏付けに予算が必要となるのはいうまでもない。したがって、例えば期間10年の事業で、10年後に社会的成果の成否が判断され、成功した場合のみ行政から投資家に支払いがなされる事業の場合は、10年の債務負担行為を設定する必要がある。SIBを普及させるためには成果報酬型契約や単年度予算主義の緩和等、財政制度の変更も視野に入れる必要があるのではないか。
(7)税制度上の問題
  欧米で「寄付文化」が進んでいる要因として、寄付した場合の税制上の優遇措置が整備されていることが挙げられよう。
  SIBへの拠出金は、当初は寄付で、数年後に成果が出て行政からの支払いが行われた場合は一時所得となるような性格であるが、少なくともお金を拠出する時点で投資家への何らかの優遇措置が必要ではないか。でないと限られた投資家しか投資せず、もってSIBの制度自体が発展していかないことも懸念される。
(8)その他
 さらに本格的に普及させるためにはSIB法の制定も検討する必要があろう。

5 福島県における導入の可能性
  福島県への導入可能な事例として、広い意味での「心のケア」事業を提案したい。
  まず、原発事故後の福島県民の「心のケア」は、日本が、いや世界中が対応しなければならない「社会的事業」であることをここで強調しておきたい。
  原発事故後、特に避難区域に指定された地域を中心に福島県内で生活していた人々すべてが将来への不安等により多大なストレスがかかった。そしてその不安は心の奥底ではいまだ拭えないでいる人も多いのではないか。
  実際、震災後、原発事故により長年の仕事を奪われたことで自分の将来を悲観し自ら命を絶った方もいたし、新たに精神的な病を患った方もいた。さらに、仕事を奪われたことでストレスを抱えたまま自宅待機となったことが主因となり、従来潜んでいた児童虐待やDV(ドメスティック・バイオレンス)等が顕在化したケースも散見され、例えば、児童相談所の相談件数も事故以降、以下のように概ね右肩上がりとなっている。
  筆者は原発事故前後の時期に、福島第一原子力発電所にほど近い相双地方で児童虐待やDVを担当していたが、「明らかに」件数が増加するとともに凄惨な内容のケースが増えたと実感している。データ上は、そこまで増えたようには見えないかもしれないが、これは相当数の子どもたちとその家族(特に働く父親を県内に残し母子のみで避難するケース)が県外に避難等していることが影響していると思われる。

<福島県の児童相談所における児童虐待、DV相談の状況>

        年度

H20

H21

H22

H23

H24

H25

H26

相談対応件数(虐待)

238

200

224

259

311

294

394

相談対応件数(DV

1709

1675

1507

1361

1444

1597

1404


出所:福島県児童家庭課ホームページ等

当然このことは、児童相談所や保健福祉事務所、警察職員等、相談業務従事者の人件費等の増加につながるとともに、施設入所となれば養護施設や婦人相談所へ措置費等の増額につながる。
  SIBを活用し、投資家からの拠出金をベースに、関係機関との綿密な連携のもと専門機関が効果的なプログラムを構築し、住民の心のケアをしっかり行っていくことで上記人件費や措置費等の負担が減額するスキームを構築することは大いに可能性があるのではないだろうか。

6 おわりに
 以上のようにSIBの取組は緒に付いたばかりで課題はたくさんある。紹介したイギリスで2010年に初めて開始された事業も評価期間も含めた事業タームは8年であり、2018年度まで待たないと真にうまくいったのかどうか最終判断しづらいものでもある。
 我が国は、人口減少、少子高齢化社会が本格化するとともに成熟社会に向かいつつある。成熟社会では人々は単なるお金儲けだけではなく、より社会的な価値を見出す取組に熱心になるのは先進国をみれば明らかである。したがって、SIBは今後の我が国に大いにマッチしたスキームとなる可能性がある。
  さらにSIBは、我が国の財政健全化に資するだけでなく、寄付文化の醸成、税財政制度の変更(特に単年度予算主義の原則)、官民連携事業の一層の普及等々、様々なところに良い影響が波及する可能性を秘めている。
 今後、普及に向けたガイドライン作成をはじめとした様々な制度的・社会的環境が整備されることを期待したい。

(注1
○「社会的インパクト投資の拡大に向けた提言書」(平成27529日 G8社会的インパクト投資タスクフォース国内諮問委員会)
http://www.impactinvestment.jp/doc/socialimvestment-proposal150529.pdf

(注2
○日本財団ホームページ「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」とは
http://www.nippon-foundation.or.jp/news/pr/2015/img/40/40.pdf
(注3
○社会的投資利益率(SROI:Social Return On Investment
  社会的リターンを追求する投資家のための評価指標であり、
 SROI(%)=一定期間の社会的成果÷投下された資源額

<参考資料>
○日本財団ホームページ
http://www.nippon-foundation.or.jp/
○福島県児童家庭課ホームページ
http://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/21035a/
○「途上国開発におけるディベロップメント・インパクト・ボンドの可能性」~新たな社会的投資を通じた開発課題への挑戦~
20147月 慶応義塾大学大学院 政策・メディア研究科 特任教授、特定非営利活動法人SROIネットワークジャパン代表理事 伊藤 健)
http://www.fasid.or.jp/_files/activities/BBL207_Part1_PPT_SIB_140704.pdf



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません