2016.1.6
  「日本版DMOの形成に向けて」

                                         主幹  植田 浩一


1 はじめに
 我が国は既に人口減少社会に突入し今後も人口減少は加速していくことから、経済成長のエンジンのひとつを海外に求める必要があるし、実際、グローバル企業を中心に民間はM&Aで海外企業を買収することで(利益を日本の本社に還流するかどうかは戦略的だが)成長のシーズを手に入れる戦略を盛んに行っている。
  海外に成長のエンジンを求める産業の中でも、「観光」の分野が近年、特に著しい伸びを見せている。平成206月に開催された第12回観光立国推進戦略会議において政府の中期的目標となっていた「2020(平成32)年までに訪日外国人旅行者を2000万人呼び込む」ということについては、平成27年に概ねクリアに近いところまで到達する模様である。
  ちなみに、観光庁ホームページによると、訪日外国人旅行者はビジット・ジャパン・キャンペーンがはじまった平成15年に年間512万人で、平成20年当時でも年間835万人とそれほど増えていなかった。それが、リーマンショック、東日本大震災等による紆余曲折を考慮しても平成25年の1036万人から、ここ2年程度で一気に倍増したのは驚きである(もちろん、その背景には円安、中国経済等の活況、個人観光ビザの緩和等があるのはいうまでもない。)。
  そして、中国をはじめとした訪日外国人旅行者によるいわゆる「爆買い」が話題になったことも数字だけでなくその印象を強くしている。実際、筆者も昨年、今年と都内の初売りの現場で、「ここは本当に日本か」と思うような状況に出くわしたことがある。
 一方、我が国では「まち・ひと・しごと地方創生本部」による様々な地域活性化の仕掛けが進んでいるが、平成27630日に閣議決定された「まち・ひと・しごと創生基本方針2015-ローカル・アベノミクスの実現に向けて-」中に、訪日外国人旅行者の受入推進等のためのプラットフォームとなりうる「日本版DMO」の形成による地域における稼ぐ力の向上が謳われているところである。
 本稿では日本版DMO形成について考えるとともに、組織形成のポイントとなる資金調達の方法や福島県内での組織形成について考えてみたい。

2 DMOとは
  そもそもDMODestination Management/Marketing Organizationとは何か。端的に述べれば、観光地域づくり、とりわけインバウンド(訪日外国人旅行)向けをはじめとした着地型(注)観光を推進するための公民連携(PPP)によるプラットフォームといえる。
  例えば、一般財団法人地域活性化センター「インバウンド観光施策の現状と課題」調査報告書(平成263月)によると、「日本型DMOとは、観光地間のグローバル競争下でも勝ち残れるマーケティング戦略や品質向上のために、既存の観光協会、商工会、旅館組合などの様々な団体を総合的に取りまとめ、行政とも連携を取りながら新たに市場を創造する地域のマネジメント組織である」という。
  日本型DMO具体的な活動イメージとしては、日本政策投資銀行 小林賢行氏によると、ア)発地側と着地側双方のニーズを踏まえた市場創造(プロモーションや新たな観光旅行商品の造成など)、イ)観光旅行商品についてBtoC市場で販売、ウ)地域内の公平性を乗り越え地域全体のパイを広げることを主眼とし、メリハリを付け魅力ある観光資源を提供、エ)地域の観光関連事業者の受け入れ環境整備をサポートし、観光品質の向上を促進、ということである。

(注)着地型とは、これまでの旅行商品が都市部の旅行会社で企画・造成される「発地型」であったのに対し、旅行目的地側主導で行うことを指す。これまでは、旅行者のニーズを把握し情報を発信するのに便利な発地型が大半だったが、消費者志向の多様化にともない、地元の人しか知らないような穴場や楽しみ方が求められるようになり、着地型が見直されている。地元にとっても新しい観光素材を掘り起こし、都市部の旅行会社に提案する着地型が地域おこしにつながるとして力を入れている。(出所:JTB総合研究所ホームページ)

3 DMOの必要性
  では今、何故DMOを組織し動かすことが必要なのか。今ある観光協会等とはどこが違うのか。
  観光庁ホームページによると((図1)参照)、これまでの観光地域づくりの課題として、大きく「関係者の巻き込みが不十分」「データの収集・分析が不十分」「民間的手法の導入が不十分」であることから、地域の多様な関係者を巻き込みつつ、科学的アプローチを取り入れた観光地域づくりを行う舵取りが必要なためとのこと。
 つまり、従来は、地域資源をうまく活用していない、マーケティング不足、ターゲットやコンセプトがあいまい、ブランディングが下手等々ということであり、端的にいえば観光地域づくりに関し、地域資源を有効活用しつつ公民連携しながら「普通の」民間企業経営的なアプローチをすべきということである。

(図1


(図2


出所:観光庁ホームページ

 筆者の実感としても従来、自治体もしくはその関係機関が観光・物産振興を行うとどうしても以下のようなことに陥ってしまっていたと思う。

<商品開発・販売関係>
マーケット(買い手)を考慮した商品開発・販売になっていない(地消地産のススメ)。
②地域資源を活用するのはもちろんよいことだが、商品開発者、売り手側の自己満足に陥っていたケースが散見(単なる珍しいだけの商品、正直、美味しくない商品、語呂合わせのような商品)。
<PR活動関係>
③来場者、参加者数に満足してしまい売上は二の次(売れることで地域のファンが増え、リピーターの増加、交流・定住人口の増加につながる)。
④常設店などでは、「売上」にフォーカスし、「利益」に無頓着(利益があがらないと持続可能な経営は不可能)。
⑤公平さを考慮するあまり、地域のどの店が一番のウリかよくわからない(特に外国人は言葉がわからないのだから地域の一番店がわからないと当該地域そのものに訪問しなくなる)。

 こういったことを解消するためにも、より民間の発想が発揮しやすい「公的な民間主体」が地域の観光地域づくりをリードしていく必要があるのである。

4 DMOの資金調達
 ところで、DMOの活動資金の調達はどうするのか。相当程度の運営費を自治体からの補助金等で賄うのであれば従来の観光協会等と変わらず、結局は自治体流のガバナンスに巻かれてしまう。
 ここでは、まち・ひと・しごと創生会議の構成員であるNPO法人グローバルキャンパス理事長の大社充氏による提案を紹介したい。
 まず、アメリカ・ハワイ州のDMO(HTA:Hawaii Tourism Authority)では、以下のような収支状況だという。
  つまり、短期宿泊税という法定外目的税をかけ、そのうちの約32%が直接DMOに回る仕組みということである。

【収入】
○短期宿泊税(TAT:Transit Accommodatin Tax) 約386億円
【支出】
○州政府への配分               1516千万円
○郡・市町村への配分             1116千万円
HTA観光マーケティング            828千万円
HTAコンベンションC運営            427千万円

出所:まち・ひと・しごと創生会議(第8回)資料(平成271218日 NPO法人グローバルキャンパス理事長 大社充氏)

 氏はさらに以下の(図3)ように、観光客から徴収する目的税、目的外税(例えば、宿泊税、レンタカー税、リフト税、入湯税等)の一部をDMOに還流させる仕組みを提案している。
 まち全体の観光地域づくりが盛り上がれば盛り上がるほど、自治体の税収とDMOの収入が増え、まち全体がさらに頑張ろうというインセンティブが生まれるはずである。課税対象としてどこにいくら課税するか、技術的な問題は多々あろうが、検討の価値があるのはいうまでもない。
  さらにいえば、将来的にアメリカ等のようにDMO自身に徴税権が認められるような姿になれば、なおDMO主導の観光地域づくりが進むのではないか。

(図3


出所:まち・ひと・しごと創生会議(第8回)資料(平成271218日 NPO法人グローバルキャンパス理事長 大社充氏)

 ところで、行政が一定程度関与しつつ民間主導で地域づくり・まちづくりを進めるという意味では、日本版BIDを目指す「大阪市エリアマネジメント活動促進条例」と同じであり、推進するうえでのポイントも同じように思う。
(参考)「BIDによる官民協働のまちづくり」(平成2686日付け本コラム欄 拙著)(http://www.f-jichiken.or.jp/column/170/ueda170.html

 つまり、これらを考えるうえで行き着くところは、資金調達と組織のガバナンスの落としどころだろう。観光地域づくりは一種の公的な仕事であり不採算部門もある。そのために行政が税金により旅行者や住民からお金を集めるわけだが、それらも含め全体的な観光地域づくりをDMOに全部任せてしまうと、経営不振に陥ってしまう可能性がある一方、行政が組織経営に参画しすぎてしまうと、民間ならではのよいところが出にくくなってしまう(例えば、前述の地域の一番店の紹介等)。
 したがって、自治体側に「カネは出すけど口は出さない」といった参画の仕方がどこまでできるかが成否を分けるポイントとなるのではないだろうか。

5 福島県内でのDMOの推進について
 「3 DMOの必要性」のところでも述べたとおり、民間主体の観光地域づくりを進めるうえでもDMOを形成し、民間の企業経営のノウハウを観光地域づくりに注入することが必要である。
 推進するうえで気付いたことをいくつか以下に挙げたい。
 第一に、DMOを形成する範囲をどうするかである。平成271218日の「まち・ひと・しごと創生会議」で、石破大臣が、全国で100箇所のDMOの登録を目指すと目標を掲げた。これを踏まえれば、国のイメージとしては各県に一つか二つ程度を想定しているといえる。
  観光庁のホームページでも、分類として広域連携DMO(複数県にまたがる)、地域連携DMO(複数の自治体にまたがる)、地域DMO(市町村内で組織)の3つのあり方を示している。
 できれば身近な地域振興策を自分達で考えるという意味でも、市町村ごとに設けられるのが理想ではあろうが、人材や資金調達等の問題もあることから、どうしても地域連携DMOにならざるを得ないだろう。
  そして、どことどこの地域で連携するのか、連携範囲が広くなればなるほど、ポイントは当該地域内での一押しの観光ポイント、一押しの特産品等を明確に意識共有できるかといった、いかに観光資源の選択と集中ができるかという点になろう(もちろん、一押し以外の部分を全くPRも何もしないわけではない)。
  実際、どの地域資源、特産品等を一押しにするのか複数の自治体が絡むと選び出すのが難しいのはいうまでもないが、選び方としては、集客力(人数)や売上高といった実際の数値を基軸とした方法、地域の人々に一番愛されているモノを住民投票で選ぶ方法、旅行者や消費者といった需要者側へのアンケート調査結果から選ぶ方法等が考えられよう。
 いずれにしても、繰り返しになるが、すべての加入市町村のすべての地域に複数の「押し」があるのでは言葉が分からない外国人の呼び込みにはつながらないことを認識し、高所的、長期的視点で地域の一押しを選んでいくべきである。
 第二に、資金調達手法をどうするかである。観光庁によるDMOの登録要件として、「安定的な運営資金の確保」が求められているが、「4 DMOの資金調達」のところで述べたような法定外目的税の設定は、すぐに行うのはハードルが相当高い。
  一方で今までどおり観光協会等への補助金を出したうえで、その他にDMOにも補助金を出すのでは、単に自治体の財政負担が増えるだけになりかねない。そういう意味ではDMO自身の収益事業を考える必要があろう。物販や着地型観光商品の造成・販売を強化するとともに、専門人材を活かした観光関連のコンサルタント事業はできないだろうか。
  もう一つは、当該自治体内の観光協会等の一部業務をリストラしその部分をDMOが担うというやり方もあろう。
  いずれにしても、この点が地域でDMOを形成する際のネックになる可能性が高い。
 第三に、明確な観光地域づくりのビジョンを共有できるかという点である。
  広域観光の下地があって相当程度ビジョンの合意形成が図られている地域内でDMOを形成するのであれば問題ないかもしれないが、民間企業的発想からいえば、地域のウリの選択と集中が大事である。
 一方、自治体間で共通項が見いだせる地域資源をウリにするため、無理矢理商品をつくり出すといった愚は避けたい。
 地域のウリは歴史伝統に育まれた地域に根ざし愛される「本物」でなければ、着地型観光の中心には据えられない。そういったウリを中心にした観光地域づくりのビジョンが共有できるかが重要で、総花的な、結局どこがウリか分からないようなビジョンになったのではそもそもDMOを形成する意味が薄れてしまうのではないだろうか。今こそ地域の戦略・決断力が試されるのである。

6 おわりに
 今回のDMO形成を単なる国からの補助金の受け皿目的にしてはならない。訪日外国人旅行者の受入や着地型観光の推進は、2020年の東京オリンピックまでをひとつのチャンスと捉え、進めておかなければならない地域の「宿題」である。人口が減り地域間競争が激しくなる中においても、ライバルは国内だけではないのだ。
  自治体、観光業関係者は、ぜひともこの機会に自分たちの地域を見つめ直し、どうやって世界に売り込むか考えるべきである。
 福島県内の関係者の頑張りに期待したい。

<資 料>
○国土交通省・観光庁ホームページ
http://www.mlit.go.jp/kankocho/page04_000048.html
○まち・ひと・しごと創生本部ホームページ
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/sousei/
○「日本型DMOの形成による観光地域づくりに向けて」―「おもてなし」はもちろん、観光地域をマネジメントする「仕組み」をつくろうー(平成262月 日本政策投資銀行)
http://www.dbj.jp/pdf/investigate/etc/pdf/book1402_02.pdf
一般財団法人地域活性化センター「インバウンド観光施策の現状と課題」調査報告書(平成263月)



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません