2015.5.27
  「住民たちがつくる地域の拠点」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


  先日、あるテレビ番組を見ていたら、ひとりの高齢女性が、この施設がなかったら私はどうやって生きていたかわからない、と微笑みながら話していた姿が印象に残った。
  住民たちが自らの手で、医療や介護サービス、さらには健康運動したり日常的な生活サービスを満たす地域のコミュニティをつくりだしている拠点施設がある。名古屋市緑区の新興住宅地、JR南大高駅のそばにそびえ立つ総合病院、南生協病院のことだ。

南生協病院は、建物の外観はふつうの総合病院だが、病院の受付カウンターや待合室があるロビーの反対側のスペースには、コンビニ、カフェ、さらには図書室、天然酵母を使用するベーカリーやオーガニック・レストラン、保育所、助産所までもが併設されている。さらにその2階にはフィットネスクラブがあり、3階にはだれでもが無料で使える卓球台なども置いてあり、子どもたちが遊びに来たり、高齢者と交流したりもしていた。
  あるテレビ番組とは、2015421日に放送された「ガイアの夜明け」(テレビ東京)であり、「いま、地域革命が始まる」という特集だった。この病院を中心とした前代未聞ともいえるような複合施設の紹介を見終えたとき、まるで病院のなかに一つのマチができているような錯覚をおぼえた。

2010年に建てられた南生協病院、組合員数は約75千人おり、総工費100億円のうち20億円を組合員の出資で集めた。そして、単に病院とは呼べないような数々の多様なサービス施設や店舗構成は、組合員らによる「声」から生まれたという。
  どのような経緯でこのような病院ができあがったのか、興味を持った。

中心となって進めてきたキーマンは、病院を運営している南医療生活協同組合の専務理事、成瀬幸雄さんだ。番組をみていると、病院のロビー空間を通勤や通学する人たちが住宅地と駅をつなぐ通路としても利用している。こんなようすを、成瀬さんは、にぎやかで楽しいと表現していた。病院内の患者たちが元気に活動する人たちを身近にみて、早く病気を治して働きたい、家に戻りたいと感じてもらうことを意図してそうしたのだという。
  生協は、組合員が出資して事業を行う協同組織だが、ちなみに医療生協は全国に111か所あり、南医療生活協同組合は愛知県南部を中心に活動している。
  開業は2010年だが、さかのぼって計画発表時から39か月間にわたり、組合員(地域住民)、医師、職員らが参加する「千人会議」を開催して、どんな病院にするのか討議を進めたのだという。

結果として「千人会議」はなんと計45回開催し、のべ5200人が参加、そのなかからさまざまな要望や意見がでてきた。
  たとえば、レストランの併設や安全で健康な食べ物を提供して欲しいなどの意見が多くあり、実際に本格的な石窯で焼くパン屋や地元の食材を利用したオーガニック・レストランが実現した。また、子どもを持つ親からの要望に応えて、病児保育室もできた。ここには保育士が常駐し、病院の小児科の医師も対応している。
  そのほか「千人会議」では、大きな銭湯がほしい、プールが欲しい、病院の壁を利用したボルダリング施設がほしいなどの意見も出たが、出された意見に対して参加者が話し合うなかで、「これは無理だよね」などの実現可能性を考慮した話し合いも行われたという。おそらく参加者らに自分たちが出資しているという経営者的感覚もあったと思われるが、導入すべきサービスについて、真剣に議論した経緯がうかがえる。

さらに、住民らの意見や資金を利用して、201541日に、この病院に隣接して8階建ての新しい交流施設が誕生した。それは「南生協 よってって横丁」であり、みんなに寄っていって欲しいという気持ちから名づけられた。この施設についても20124月から毎月定例ではじまった「10万人会議」(「千人会議」をさらに発展させた)が、3年間あまりにわたり討議を行うことで、計画の中味をまとめたという。
  その結果、1階には、学生らが利用できる自習室、レストラン、カフェなど、2階には、歯科クリニック、屋上菜園、鍼灸マッサージなど、3階から8階までは老人ホームとサービス付き高齢者住宅が整備された。総工費は27億円だが、そのうち3億円を組合員が出資している。

この施設の一番の目的は、地域住民が世代を超えて集える場所をつくること。そこで、2階には自由に利用できるスペースもあり、成瀬さんや組合員たちは、このスペースを希望が多い子育て中の若いお母さん方らに使って欲しいと考えた。さらに、併設している高齢者住宅に住む居住者らにも参加してもらい、近隣で生活するみんなが家族のように交流できればいいなと考えたとのことだ。
  番組では、この空間を利用してお母さん方によるエクササイズの講習が行われていたが、子連れで参加することができ、お母さん方が運動している間、その隣では高齢者住宅に住むお年寄りたちが子どもたちの面倒をみていた。複合施設ならではの長所を生かした試みであり、世代を超えた地域の人々のつながりが実現していた。
  参加していたお年寄りたちも気持ちが和むと喜んでおり、多世代が助けあうふつうのマチの交流風景として感じられた。

話を病院にもどすと、病院運営に関しても、毎月、組合員参加による運営会議が開かれている。そして、たとえば「お手をはいしゃく(拝借)カード」という、自分が手を貸せることを書いて登録する制度が設けられていて、病院運営を支援するボランティアによる協力が実現している。
  また、病院機能の面でも、「地域と職場を結ぶささえあいシート」がある。このシートは、たとえば病院に入院していた方が帰宅した場合、独り暮らしでやっていけるか心配な場合に、職員がこのシートに記入して生協の支部に打診し、関係する地域の世話人やサポーターに助けてもらえることが分かればその情報を病院に戻す、というような活動として使われている。いわば病院、診療所、介護事業所などの地域の施設や住民をネットワークで結ぶ「お助けメッセージ」の取組みである。(注)
  ちなみに、この南生協病院は、他の病院、診療所、介護施設などの協力機関とのネットワークにより、地域の医療、介護、予防、生活支援そして住居を包括的にサポートする地域包括ケアの拠点機能もはたしている。

以上に紹介した南生協病院と隣接してつくられた交流施設「南生協 よってって横丁」のすごいところは、なんといっても地域の人たちが集まり、じぶんたちのアイデアや意見を出すことで、お互いに結びあう温かい地域空間がつくられている点だろう。
  この事例は、医療や介護サービスさらには健康運動や地域コミュニティ機能を備えた複合施設というハード面の魅力もさることながら、その利用や運用というソフト面の充実が素晴らしい。多分に生協という協同組織による運営がそうした成功を生み出している面はあろうが、そうでなくてもこのような地域ぐるみによる取り組みは十分に可能であろう。

今後、全国の多くの地域で、車の運転や歩行に困難がともなう高齢者の増加や人口減少傾向の進展を受けて、都市機能を中心地に集約して整備するコンパクトシティやワンストップサービスの提供が可能な地域の拠点施設づくりが進められていくと考えられる。
  そのような場合に大切なことは、施設づくりに先立ち、まずは関係する地域住民が集まり、みんなで求められている必要な機能やサービス、あるいは運営方法といったソフト面の検討から始める必要があることを痛感した。

総合病院南生協病院のフロア構成

資料:南生協病院フロアマップより作成

「南生協 よってって横丁」のフロア構成

資料:南生協よってって横丁フロアマップより作成

(注)伊藤他美子・南医療生活協同組合「ささえあい たすけあい 地域だんらん まちづくり」 
https://www.facebook.com/ahla.jp/posts/246963512137438

参考資料:
テレビ東京番組「ガイアの夜明け」2015421日放送(第662回)
「いま、地域革命が始まる!」
http://www.tv-tokyo.co.jp/gaia/backnumber3/preview_20150421.html
総合病院南生協病院ホームページ
https://www.minami-hp.jp/
南生協 よってって横丁パンフレット
http://www.minami.or.jp/yokochou/images/pamphlet.pdf



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません