2015.10.21
  「免許返納の推進に向けて」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


  2015年9月21日の敬老の日にちなんで政府が発表した人口推計調査によると、わが国の高齢者人口(65歳以上)は過去最多の3,296万人、総人口に占める割合は25.9%(9月15日現在)となり、前年対比111万人、0.9ポイント増加したこれはいわゆる団塊の世代(昭和2224年生まれ)のうち、昭和24年生まれが新たに65歳に達した影響が大きいとしている。
  また、福島県でも高齢者人口は54.5万人と最多となり、総人口の28.5%を占めて、前年対比1万2,966人、0.8ポイント増加している(同年9月1日現在)

このような高齢化の進展にともない、深刻化しているのが高齢者による交通事故の増加だ。
  全国の交通事故件数は、10年間以上にわたり減少傾向にあるが、高齢者の事故数は増えている。2013年における交通事故件数は629,021件、死亡者数 4,373人、負傷者数 781,494人であるが、年齢別死亡者数でみると、65歳以上の高齢者数は2,303人で、全体に占める割合は52.7%とこれまでで最高となった。また、人口10万人あたり死亡者数は平均3.4人であるのに対し、65歳以上7.2人、70歳以上8.3人、75歳以上9.3人と、高年齢になるほど増加している。(注1)
  新聞やテレビのニュースなどをみていると、高齢者ドライバーによる事故の特徴としては、車のアクセルとブレーキを踏み間違える運転ミスや、高速道路での逆走、信号の見落としなど、注意力の低下に起因する事故が多いように感じる。

こうした高齢者ドライバーに対しては、ずいぶん前から警視庁や各県警などが自動車免許証の自主的な返納を呼びかけている。そんな効果もあってか、申請による免許証取消件数は、近年急速に増えており、平成26年には20万人を超えている。(図1。なお、運転経歴証明書交付件数については後述する)

図1 申請による免許証取消件数と運転経歴証明書交付件数の推移


資料:警察庁「運転免許統計」平成26年版より作成

高齢者による交通事故を防ぐために有効な方法の1つは、運転に自信がなくなってきたら、早めに運転をやめることだ。しかし、とりわけ鉄道やバスなどの公共交通網が弱い地方部において、今後、免許返納を進めるためには、長年にわたり生活の一部となっているマイカーに代わる交通手段の充実が求められる。

そのための対策は、やはり鉄道や路線バスなどの公共交通の充実ということになろう。とりわけ住民の日常生活の足がわりとなっているデマンド(予約型乗り合い)バスやタクシーの充実が重要ではないか。
  デマンドバスやタクシーの必要性ついては、筆者もこれまで本欄コラムなどで取り上げてきたが(注2)全国でかなり普及は進んできていると思われる。全国データはわからなかったが、中部運輸局管内での増加傾向は図2に示すとおりであり、やはり近年、急速に伸びている。

図2 デマンド型交通の導入数の推移(中部運輸局管内)


資料:国交省中部運輸局「デマンド型交通の手引き」平成25年3月

さらに理想的には、集落や行政区単位などで、地域に住む元気な若者や腕に自信がある中高年者などが運転手となり、高齢者らを乗せて、定期的に町なかにある病院や商店、公共施設などを巡回するような車が出せるといい。
  実際、相互扶助やボランティアのような形で実施している地域は多いと思われるが、回数が重なってくると運転手の負担は小さくないのではないか。また、利用する立場の高齢者らも、運転手に迷惑をかけているのではないかと、なにかと負担に感じていることも多い。
 そこで国も20154月から、地域団体などに有償運送を認める交通空白地有償運送(旧過疎地有償運送)制度を設けるなど、関連制度の規制を緩和したりしている。(注3)

また日ごろ、地域の高齢の皆さんと話をしていると、よく出てくる意見に、農業車両を運転したいので免許証は手放せないという理由がある。この場合、農地内での作業というよりも、おそらく農地間の移動などのために、一般道を利用してトラクターなどを走らせているケースなどが想定される。高齢ではあっても元気な農業従事者らにとっては、もっともな話である。
  したがって、このような要望にたいしては、仮に運転免許証を返納しても、農作業車両の運転のみ可能とするような限定免許証を交付することはできないだろうか(あるいは後述する運転経歴証明書の付帯要件として認めても良い)。

さらには、免許返納の推進に向けて、インセンティブ施策も重要ではないか。警視庁や各県警では、過去の運転経歴を証明し、身分証明書の代わりになる運転経歴証明書を交付している。前述した図1に示したように、近年、免許証の返納とともにこの運転経歴証明書の取得者は増えている。
  運転経歴証明書を提示すると、自主返納サポート協議会に加盟している金融機関、ホテル、娯楽施設等で、利用料金の割引などのサービスを受けることができる。 もう運転はしないが、手近な身分証明書は持っておきたいという人は、運転経歴証明書を発行してもらうと、多様な特典があるというわけだ。(注4)

図3  運転経歴証明書の見本


資料:警視庁ホームページ

2014年8月16日付の読売新聞によれば、自主返納した高齢者には、運転経歴証明書の提示により、公共交通機関の料金割引のほか商品の無料配送や預金金利優遇など、住む地域によって異なるがさまざまな特典がある。(注5)
  いくつか紹介してみると、やはり鉄道、バスやタクシー利用を中心に、マイカー運転の代わりとなる交通機関の料金割引などが多く、また何らかの形で関係する企業などが実施している。なお、この場合、すでにいわゆるシルバーパス(福島市でいえば、ももりんシルバーパスポートとして、75歳以上の市民は福島交通が運行する市内の路線バス運賃が無料)が配布されている地域では、さらなるプラスの魅力づけが求められよう。

○乗り物
  兵庫県では神姫バス、阪神バスなど8社の路線バスで半額になるほか、タクシー各社が運賃を1割引き。千葉県では銚子電気鉄道、流鉄流山線などが半額。自転車を使う人には、東京都、大阪府で日本パレードがヘルメット代を1割引き。
○介護や温泉
  東京都では、三越伊勢丹と高島屋が商品を無料配送。介護移送サービスのコムウェルグループは、ケアサービス料を半額。フルヤ所沢ケアサービス(埼玉県)では、自費で頼んだヘルパー代が1割引き。
○旅行や行楽
  福島県の会津武家屋敷は入場料を優遇し、東京都の遊園地・浅草花やしきが入園無料。神奈川県の観音崎京急ホテルは、年末年始などを除き宿泊料金を半額、大分県別府市では、杉乃井ホテルなど13ホテルが1割引き。
○預金・ローン優遇
  東京都の東京シティ信用金庫の「免許証返納定期」は、店頭金利より0.225%優遇。京都府の京都北都信用金庫の「安心サポート定期預金」も、1年ものスーパー定期に0.1%上乗せ。京都銀行は同居家族のマイカーローン金利を1%引き下げ。
(なお、これらの特典の対象や内容は、その後変化していることも考えられるので、利用にあたっては、最新情報を確認していただきたい。)

ちなみに、福島県での実施状況を各自治体のホームページなどから探してみると、運転経歴証明書の提示により、以下のような特典をみつけることができた。


資料:各ホームページなどから作成

以上、高齢者の免許返納の促進に向けて、まずは日常生活での移動機能を支援する公共交通手段の充実が基本になると考えられるが、上記したように、免許返納がしやすい環境をつくる施策の充実も有効ではないか。
  今後、各自治体での免許返納の促進に向けた積極的な対応を望みたいが、あわせて運送、旅行、小売、金融、生活サービスなどの高齢者ニーズに関係する企業なども、高齢者の増加をビジネスチャンスとしてとらえて、適宜、割引制度やキャンペーンなどを実施してみてはどうだろうか。

(注1)資料:交通事故分析総合センター「交通事故統計年報」、平成25年度版
なお65歳以上は、交通事故の第1当事者(より過失が重い当事者≒加害者)比率も、他の年代に比べて高い。
(注2) 吉岡正彦「デマンドバス・デマンドタクシーの魅力」(本欄コラム、平成201024)、同「デマンドバス・タクシーの魅力について」(同、平成201121)など
http://www.f-jichiken.or.jp/column/23/yoshioka23.htm
http://www.f-jichiken.or.jp/column/25/yoshioka25.htm
(注3) 201541日から、過疎地有償旅客運送は交通空白地有償運送に改定され、市町村長が認め運営協議会で合意を得た団体は、法人格がなくても運行可能に、利用者名簿に登載していない人(訪問者や観光客などを含む)も利用可能に、また権限移譲を希望した市町村には国から委譲される、いわゆる手あげ方式となった。
http://www.mlit.go.jp/common/001087524.pdf
(注4)申請先は、運転免許試験場や免許更新センター、各警察署で、期限は自主返納した日から5年以内。発行手数料として1000円が必要。
(注5) 梅崎正直「免許返納 特典いろいろ」、読売新聞、2014816日付
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=103476

参考文献:
○郡山市ホームページ
https://www.city.koriyama.fukushima.jp/154000/doro/jishuhenno.html
○白河市ホームページ
http://www.city.shirakawa.fukushima.jp/view.rbz?cd=1988
○三春町ホームページ
http://www.town.miharu.fukushima.jp/soshiki/2/jisyuhennou.html
○南会津町ホームページ
http://www.minamiaizu.org/kurashi/assets/2012/10/25/20121025104807.pdf
○会津坂下町ホームページ
http://www.town.aizubange.fukushima.jp/soshiki/2/3868.html
○会津美里町ホームページ
http://www.town.aizumisato.fukushima.jp/11,5684,151.html
○会津鉄道ホームページ
http://www.aizutetsudo.jp/info/?p=517
○一般社団法人福島県タクシー協会
http://taxi-fukushima.jp/price.html
○会津武家屋敷ホームページ
http://bukeyashiki.com/



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません