2016.1.20
  「農業のディズニーランド」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


  2016年1月7日付けの河北新報に、「UIJターンの挑戦者たち」と題する記事があり、福島県二本松市にある「ななくさ農園」を経営する関元弘さんの紹介があった。
  関さんとは、3年前と2年前の2回、福島県と福島県阿武隈地域振興協議会が主催する「あぶくま地域シンポジウム」で、パネリスト(関さん)とコーディネイター(筆者)という関係で、ご一緒したことがある。新聞記事にも書いてあったが、東京で生まれ、大学で農業工学を学んだのちに農林水産省に勤めていたが、実際に農業をやりたいと一念発起して、2006年から二本松市東和地区で農業を始めたという異色のキャリアの持ち主である。

周囲の篤農家の指導を受けながら約1ヘクタールの土地を「ななくさ農園」と名づけて開墾し、キュウリやインゲンなどの露地栽培から始めた。食品の安全性にこだわり、有機農法でつくった高品質の野菜は、首都圏などの消費者に好評とのことだ。 
  原発事故後の2011年4月には、地元の農家約20戸と有機農産物の出荷組織「オーガニックふくしま安達」を設立し、道の駅東和や地元スーパーなどに販路を得て、売り上げを拡大している。その後、難しいといわれる醸造免許も取得しており、とくに地元のリンゴを使用して製造しているシードル(発泡酒)は、スッキリした飲み口でお薦めだ。
  そんな関さんから、シンポジウムの席で、将来の夢として農業のディズニーランドをつくりたいという話を聞いていたが、その記事でも、「夢は農業のディズニー」という見出しにつづき、「地元の民宿に泊まり、子どもたちが農業を体験できるグリーンツーリズムを思い描いている」との紹介があった。筆者もそんな楽しい夢に魅力を感じた一人なので、是非とも実現して欲しいと願っている。

福島県は、全国第3位の面積という広大な県土に、海岸沿いの低地から内陸の里山、山地・山岳と多様な地形が形成されていることから、農業も米はもとより麦、大豆、野菜・根菜、花卉、果樹、林産物、牧畜にいたるまで多様な生産が行われており、さらにそれらを加工した商品群が、バラエティ豊かにそろっている。
  加えて首都圏に近いという地理的条件や温泉、高原、湿原、海水浴場などの観光資源そしてホテル、旅館、農家(農泊)などの宿泊施設にも恵まれていることから、農業を中心としたディズニーランドづくりをめざす条件は、十分にあるように思う。

そんな背景もあろうが、2015年にコーディネイターとして参加させていただいた、福島県主催による県民が活き活きと暮らせるまちづくりを目的とした「チャレンジふくしま若者リーダーまちづくり事業」でも、郡山市を中心とした中通りチームの若者たちから、郡山市に「食と農」を軸とした滞在、体験型道の駅を中心としたテーマパークをつくりたいという発表があった。
  具体的には、テーマパークの軸となるのは農業と食で、地元に根づき、その土地の良さを一番理解している農家の方々がつくる食材を活かしたおいしい料理や加工品をつくる飲食店をつくり、それらを地元で消費する。また現在、郡山市には道の駅がなく、近年、地域情報の発信源としても道の駅の人気が高まっていることから、テーマパークに道の駅を取り入れたいとのことだ。
  たしかに、郡山市には、あさか米というブランド米や地場野菜などの食材のみならず、開成マルシェなどの食材イベントが数多く開催されており、テレビ番組や雑誌などに紹介されるような有名なシェフらもいて、関連する資源や人材は多い。目の付けどころはとても良いのではないかと思う。
  その目標とするひとつの姿は、道の駅うつのみやろまんちっく村(株式会社ファーマーズ・フォレストが運営)とのことだ。

なるほど、ろまんちっく村は魅力的な先例だ。全体で46ヘクタール(東京ドーム10個分)という広大な面積のなかに、 農産物直売所や地物の食材が楽しめる飲食店や体験農場、森遊び、ドッグラン、温泉、プールに宿泊施設などがある滞在体験型のファームパークだ。
  宇都宮市の市制100周年記念事業として位置づけられ、1996年9月にオープンしているが、運営は官民連携がうまく機能しており、2014年度は過去最高の137万人を集客している。中通りチームの皆さんも、実際にろまんちっく村に出かけて、さまざまな体験をしてきたとのことだ。
  ただ、ろまんちっく村は現在に至るまで約20年間をかけて、次第に事業を拡大したり、2012年には従来の農林公園に道の駅を取り込んでリニューアルしたりすることで、今日の成功に至っている。「小さく産んで大きく育てる」という姿勢に基づいて、長期的な展望やシナリオを描きながら、段階的に進めてほしいと思う。

ちょうどこの正月に、食環境ジャーナリスト、食総合プロデューサーとして著名な金丸弘美さんが書き下ろした『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(201512月発行)を読んでいたら、同じような農と食を中心とした優れたテーマパークとして、ぶどうの樹(福岡県岡垣町)、伊賀の里モクモク手づくりファーム(三重県伊賀市)、おおむら夢ファームシュシュ(長崎県大村市)の3か所の紹介があり、目にとまった。

株式会社グラノ24Kが経営するぶどうの樹は、福岡県の小倉と博多の中間に位置して玄界灘に面しており、19952月にオープンしている。
  グラノ24Kのグラノとはスペイン語で実や種の意味があり、24Kは純金のように輝く実をつけたいという思いを込めたとのことである。2ヘクタールを超える敷地があり、「森エリア」には、レストラン、カフェ、ブライダル施設、宿泊施設、園芸ハウスなどの複合施設があり、園内にはポニーやヤギも飼っていて、自然体験教室もある。
  また、「海エリア」には、海沿いの立地を生かして、由緒ある旅館や寿司屋などがあり、さらに「山エリア」もあり食育体験ファームや農園がある。農業としては、ブドウ20アール、梅10.5アール、アスパラ10アール、米1ヘクタールなどを栽培しており、全体で年間60万人を集客している。
  金丸さんは、グラノ24Kの魅力として、農業や漁業といった自然相手の商売の特長を生かして、地元で採れた新鮮な素材を積極的に使っている点をあげている。また、地域全体の6次産業化を仕掛けることで、持続的な地域社会づくりに貢献している姿勢も評価している。
  なお、ぶどうの樹はこの岡垣町のほかにも何か所かあるが、それ以外にも福島県から沖縄県まで、地産地消の運動を拡大する「ゆかいな仲間たち」と呼ぶ連携する店舗が40店ある。
  ちなみに福島県では、二本松市の岳温泉にある老舗旅館「陽日の郷(ゆいのさと)あづま館」で営業している「ゆいの一楽」というビュッフェ・レストランが仲間になっている。同店のホームページによると、地元の野菜、漬物、豆腐や肉を使い「食から福島を元気に!!」と頑張っているとの説明があった。このような志をともにする連携による店舗展開もおもしろいと思った。

また、伊賀の里モクモク手づくりファームは、その名のとおり手づくりをウリにした農業体験型のテーマパークで、1988年5月にオープンしている。ものづくり、体験学習、癒やし、食事、買い物が5本柱となっており、1次産業から2次、3次産業をあわせた6次産業を実践する新しい農業に挑戦しており、年間50万人が訪れている。
  具体的には、農業や酪農である第1次産業から、ハムや地ビール、パン、とうふづくりなどの加工を手がける第2次産業、そしてそれらの製品を直営店舗や直営レストランで販売を行う第3次産業のすべてを、自分たちで行う新しい産業のかたちとして展開している。このような食と農を通じて、「知る」「考える」という輪を広げるために挑戦しているとのことだ。
  手づくり体験以外にも宿泊施設や温泉もあり、また農園のなかには、ブュッフェ形式のレストランがあり、そこではグラノ24Kを手本として手づくりの結婚式も行われている。ちなみに伊賀の里モクモク手づくりファームとグラノ24Kは提携しており、従業員のインターシップやお互いが持つ商品づくりに関するノウハウの交換などを実施している。

そして、おおむら夢ファームシュシュは、2000年に、農業者の減少や高齢化により耕作放棄地が増えるなか、地域農業の活性化と農業後継者の育成を目的として大村市の農家8戸が設立した。農産物直売所やアイス工房、体験やレストランなどの6次産業に取り組んでおり、年間50万人が訪れる地域農業の交流拠点施設である。
  重視しているのは、地産地消であり、地元の新鮮で安心な農産物をもっと地元の方々に味わってほしい。これまで農家は、いい品物をつくって消費者に安心、安全な農産物と提供したいと努力してきた。しかし、いい品物がたくさんできると価格は暴落し豊作貧乏になる。そこで、豊作の作物を無駄にしないために、原料となる農産物はできるだけ高く農家から買い取るようにしている。
  また、規格外の農産物等をなるべく高く買い取り、加工品化し付加価値を付けることで雇用が生まれ、地域の特産品が生まれる。そうやって、地域活性化の良いスパイラルをつくっている。さらには、都市住民との交流も行い、農業塾などによる農業後継者の育成も図っており、出荷農家の所得向上、雇用増加などにつながり、地域の活性化、地域の拠点となっている。
  金丸さんによれば、周辺観光園のもぎ取り、農家宿泊との連携によって地域全体で集客をできる仕組みをつくっており、山間地の直売所とツーリズムがつながった秀逸なモデルとのことだ。

こうしてみると、農業のディズニーランドづくりに向けて、学ぶことができる良い先行事例はいくつかあるようだ。とくに地場ならではの原材料の入手と雇用創造のために、地域全体を巻き込んでいたり、学びや人材育成に力を入れている点は共通するようだ。
  さらにディズニーランドといえば、顧客に対する質の高いおもてなしサービスでも知られていることを考えると、お客さま対応を中心としたソフト面でも創意工夫したいところだ。
  さまざまな先進事例も参考としながら、二本松市でも、郡山市でも、あるいはその他の地域でも、場合によっては広域的な連携も視野に入れて、福島ならではの地域資源を生かした農業のディズニーランドの実現を楽しみにしている。

参考資料:
金丸弘美『里山産業論 「食の戦略」が六次産業を超える』(角川新書)201512
http://www.kadokawa.co.jp/product/321506000006/
道の駅うつのみやろまんちっく村ホームページ
http://www.city.utsunomiya.tochigi.jp/kanko/kankou/spot/028061.html
ぶどうの樹ホームページ
http://budounoki.co.jp/
陽日の郷あづま館「ゆいの一楽」ホームページ
http://budounoki.co.jp/azumakan-yui
伊賀の里モクモク手づくりファームホームページ
http://www.moku-moku.com/
おおむら夢ファームシュシュホームページ
http://www.chouchou.co.jp/institution/index.html



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません