ふくしま自治研修センターでは、2016年度の政策研究会のテーマとして、インバウンド(外国人による訪日観光)を予定していることから、最近、観光に関する情報収集を始めている。そんななか同僚から、鈴木俊博著『稼げる観光 地方が生き残り潤うための知恵』を紹介された。
著者である鈴木俊博さんは、遊び心を発想の起点として、企業や地域のイベント、商品開発、販売促進、施設開発などの企画から実施に導くプロデューサーとして、幅広く活動している。たとえば、「葉っぱビジネス」によるまちおこしで全国的に知られる徳島県上勝町では、(株)いろどりアドバイザー兼プロデューサーを務めてきたアイデアマンだ。
本書を読んでみると、たしかに他書にはない豊富なアイデアに感心するとともに、造語があふれるおもしろい本と感じたので、簡単に紹介してみたい。
本書で伝えたいことは、ただひとつだという。それは、人間(国民、地域住民)が幸せになれる地域、人間が幸せになることを目的につくられた社会システムこそが、これからの日本に必要なものであり、それを実現する鍵は、観光にあるとのことだ。
日本全国津々浦々に、まだ見ぬ宝がたくさん埋まっているので、それをいかに見つけ出し、磨き上げていくか。本書は、そのためのアイデア集であり、この本を手にした一人ひとりがそんな活動を応援するプロデューサーになれることを期待しているという。
(新しい観光)
これまでの観光は、お伊勢参りに代表されるような「地域の光を観る」というものだったが、著者の考えるこれからの観光は、「人を輝かせて、輝いて(光って)いる人を観、輝いている人が交流する」ことだ。
では、そうした新しい観光のイメージは、どんなものか。それは以下に列記するようなさまざまな「観光」なのだ。
「観康」・・・・ヘルスツーリズムなどの健康を維持・増進するための観光。とくに、西洋医学と東洋医学の総合健康基地としての日本型の新湯治場を研究してはどうか。
「観口」・・・・おいしい食の観光。これからの食事は体の状態を調整しながら食べる「調色(ちょうしょく)」、「注食(ちゅうしょく)」「感食(かんしょく)」「遊食(ゆうしょく)」でありたい。
「観好」・・・・心の豊かさを満たしてくれる「好きこそモノの上手なれ観光」。日常生活の中で人はどんなときに幸せを感じるのか?2千名にアンケートをした結果、「好きなことを仲間と一緒にしている時間」であることがわかったという。それゆえ、観光においてもこの分野がもっとも魅力的な需要創造市場になる。
「観交」・・・・交流が生まれる観光。たとえば「まちコン」がブームになっているが、ホテルや旅館の女将が仲人役になる「宿コン」はどうか。あるいはスポーツ少年団によるスポーツ交流観光が考えられないか。
「観光」・・・・多くの人が光り輝く観光。つまり人が主役になれる観光のことで、著者が発案した全国の小学生が競う「30人31脚」(運動競技)も、ふつうの小学生でも頑張れば日本一になれるというねらいで実施した。主役願望を満たす企画という提案だ。
こんな調子で、このほか「観興」「観攻」「観講」「観耕」「観工」「観巧」といった楽しい造語が並ぶ。当てはめられている漢字から、読者の皆さんも、ある程度は意味する内容が推定できるかもしれない。
以上のように、「観光」をめぐるさまざまな切り口から、新しい観光を提案している。
これらの提案に共通しているのは、「人を主役にさせ」「人を幸せにさせる時間と空間を創造」することだ。
そのためには、関係するメンバーを良く知ること。メンバーを主役にするためにはどうしたらいいかを考えること。そして、その人たちがやりたいことがわかったら、それがうまくいくように手伝う、応援する。それがプロデューサーの仕事なのだ。
なお、観光地域が陥りやすい問題点として、どうしたらリピーターが増えるのか、地域資源を活用するためにはどうしたら良いかなど、「地域側に立った発想」が多い。それは一概に悪いとはいえないが、とくに過疎地などの観光不利地域の場合には、必要なのは「お客様側からの発想」、すなわち需要側に立ったマーケットインの発想である。
(着地型観光)
いま観光関係者の間で関心の高い話題は、インバウンドと着地型観光なので、まずは着地型観光からとりあげる。
着地型観光とは、地域ならではのプログラムを用意して、地域との交流などをつうじて、旅の楽しさを提供するものだが、今ある地域資源を使い、やみくもに全国にPRしようとしても、簡単には成功しない。
では、着地型観光の成功法則とはなにか。旅行者にまた来たい、もっと来たいと思わせることが大切であり、そのためにすべきこととして、以下を列記している。
○地域のブランド化を目指す
そのためには、ファンを呼び込めるような宝物が地域に眠っていないか、探すことが必要だ。それは難しいことではなく、たとえば、世の中には世界遺産ファン、写真撮影ファン、仏像ファンなど、数え切れないほどの趣味や研究領域がある。そんなファンは、世界中に出かけるものだ。もしそれらが地元にない場合でも、関係するイベントを開くことで地域の資源になる。そうした魅力をつくることで、地域ブランドをつくることができる。
○棚田「学」で考える
たとえば棚田を取り上げてみると、一般的には、棚田を見て、棚田の見えるレストランで食事をして、棚田のイベントを楽しむというようなイメージを考えるものだ。しかし、発想を転換するために、すべてに「学」をつけてみるといい。たとえば「棚田学」とすると、学問なので、一般の旅行者だけでなく、棚田の研究者、芸術家など、さまざまな分野の方々が対象になる。
これが重要な意味を持ち、棚田に関する情報を整理した宿は、棚田情報民宿「棚田屋」になり、棚田米でできたスイーツが楽しめる「棚田カフェ」ができるという具合だ。こうして拡げていくことで、「棚田ブランド」をつくることができ、世界中からファンが集まることが期待できる。
このようになんにでも「学」を付けてみると、「蔵学」「神社学」「郷土食学」「廃校学」など、新たな戦略が見えてくる。
○狙うは、スモールメリット
長い間、日本の観光は、大衆というスケールメリットを狙ってきたが、スケールメリットを追いかけると、どうしても大手企業が強くなる。そこで、これからはスモールメリットを狙うべきだ。
これも棚田で考えると、たった1人の研究者のための民宿をつくる。そうすると、そこには棚田研究者の生徒や仲間が集まり、ネット配信すれば、世界中から棚田に興味を持った人が訪ねてくるかもしれない。そこで、棚田サポーターを組織すればいい。
マーケットが小さいので、大型ホテルは建たないし、大量の旅行者も来ないが、確実に人が集まる。そんな「スモール・イズ・ビューティフル」時代が到来している。
○コミュニティビジネスの条件
これらのアイデアを実現させるためには、支援者と資金が必要になるが、もっとも大事なのは、コミュニティをつくることである。棚田ビジネスでいえば、棚田の景観ファン、グルメファンなどであり、これらのファンが事業を活性化してくれる。
以上に列記したようなロジックを整理すると、着地型観光の成功法則とは、仕事をつくる→所得を得る→居場所と出番があることを実感する→必要とされる→仲間がいる→競争する→評価する→愛される→ほめられる→認められる→自信を持つ、という好ましい循環構造をつくることなのだ。上勝町の成功要因でいえば、葉っぱ(商品名は彩り)を通じて、誰でもが主役になれる「いろどりコミュニティ」が確立できたことが大きい。
さらに、着地型観光の成功に向けて、今後、有望と考えられる観光活性化のアイデアも提案している。
その一つが、「ドライブ旅行」であり、団塊世代が高齢化しているが、親世代をつれて旅行となると、公共交通機関よりもマイカーやレンタカーを利用することになる。自動車性能も向上し、高速道路網も充実しており、そこで、ドライブ旅行を推進する観光地域活性化策を考えてはどうか。
そのためには地域の魅力をしっかりと発信することが大切で、従来からの観光情報に加えて、話題の飲食店、直売所情報、交通情報、災害情報などの幅広い情報提供が必要になる。
このような観光の推進により、国民への効果、観光地域への効果、関連産業への効果などが期待できるのだ。
観光活性化のための提案として、このほかにも「健康維持増進観光」「市(いち)観光」「観光散歩」「音楽観光」「夜の観光」「ご近所観光」「ICT活用」「モザイク画&アート」「生涯学習観光」などを紹介しており、読者にとってありがたいヒント集となっている。
(インバウンド)
いささか寄り道をしたが、インバウンドは最終章で扱われている。
2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催に向けて、訪日外国人はますます増加すると考えられるが、こうした外国人旅行者は、地方都市や農山漁村にまで訪れると考えられる。
外国人旅行者の消費は、交通、宿泊、飲食、買い物、娯楽など幅広い分野にわたり、消費額も1人あたり15万1,000円、総消費額は2兆278億円にもなっている(平成26年観光庁訪日外国人消費動向調査)。日本人旅行者の国内消費金額は1人あたり4万7千円なので、約3.2倍もの消費が外国人旅行者によってなされている。
外国人旅行者の主な旅行目的は、60%が観光、30%がビジネスで、日本への訪日回数は、1回目43.1%、2回目17.1%であるが、10回以上も11.0%を占めている。なんと56.9%もが、2回以上来訪していることになる。
また、「次回の訪日でやりたいこと」でもっとも多いのは、「温泉入浴」約45%、つぎが「四季の体感」28%、「自然体験・農漁村体験」15.5%となっている。
そこから、著者は、地方の温泉地や農山漁村などにとって大きなチャンスであり、ぜひ訪日2回以上の旅行者にしぼって誘致する戦略をとってほしいとする。
外国人旅行者を誘致する場合、重要なのは「目的」と「対象者」を明確にすること。ピンポイントで、地域の魅力を創造し、情報発信することだ。目的の基本方針は、日本の伝統的な生活文化を知ってもらうことで、まちがいない。
インバウンド成功のポイントは、まず「食」にある。地域ならではの食の魅力を見直し、できれば農耕体験、漁業体験、加工体験、調理体験などをしてもらうと、インパクトを与えることができる。
そのためには、誘客に不可欠な「受け入れ体制」の整備が重要であり、具体的には、組織体制、人材教育、インフラの3つになる。
組織体制では、事務局と誘致に向けた委員会の設置が大切。また、人材教育では、語学人材の確保、語学力の向上、調査研究員が必要。そして、インフラ整備としては、外国語対応、Wi-Fi整備、クレジットカード利用対応、銀行ATMでのカードキャッシング対応が重要だ。
つぎに、外国人だから感動することとして、畳の住宅から食べ物、伝統行事、生活まで、外国人にとってはすべてが新鮮でめずらしいことなのだ。そこで、受け入れ体制を整備し、心からのおもてなしをすれば、外国人旅行者の誘客、リピーターを増やしていくことも夢ではない。
その具体的なプログラムとして例示されているのは、以下のようだ。
○体験プログラムの充実
私たちにとっては当たり前でも、外国人にとっては感動するという視点に立って、体験プログラムを洗い出す。著者が紹介している事例としては、正月の餅つき、春の端午の節句、夏の七夕や花火大会、秋のお祭りなどがある。世界遺産がなくても、外国人旅行者は楽しんでくれる。
○農村MICE
MICE(マイス)とは、Meeting(会議・研修)、Incentive Tour(招待旅行)、Convention(国際会議等)、そしてExhibition(展示会)の4つの頭文字を合わせた言葉である。地方都市や温泉でのMICEは、地域の大学や企業などと連携することで、有効な事例となっている。たとえば、花のMICE、自然エネルギーMICE、伝統食文化MICEなどが、いくらでも考えられる。
そして、地元で気がつかない宝物を発見し、観光資源に磨き上げるのが、プロデューサーの仕事なのだ。
○海外撮影隊を誘致する
近年は、海外ドラマのロケ地となったことで、思わぬ場所や地域が人気を得ることも少なくない。そうすると、熱心なファンの来日が期待できるが、撮影中のスタッフやキャストが支払う宿泊代や交通費もかなりの額になることから、誘致に力を入れている地域も増えている。
○将来の訪日外国人を育てる
海外からの修学旅行の誘致も有望ではないか。東京や京都などの大都市ではあるとしても、地方の農村体験を盛り込めないか。地域の小中学生との合同授業を開催してはどうか。海外からの修学旅行の受け入れは、子どもたちや地域の自信につながるとともに、「第2の故郷」のように思ってくれる修学旅行生も出てくれるかもしれず、成人してから再び訪れてくれる可能性もある。
○フェイスブックの活用
これからの観光振興をお金をかけずに考える場合、有効手段のひとつにフェイスブックがある。フェイスブックは世界で10億人が利用している。フェイスブックの活用法として、以下のような事例が考えられる。
〈ホテル・旅館でのネタ消費〉
その地方の風習や伝統行事、地域の達人による講座など。この場合大切なのは、参加者がフェイスブックに投稿できるように配慮すること。
〈○○観光地、いいね!クラブ〉
観光地の出身者でフェイスブック投稿している方を、「○○観光地、いいね!クラブ(ファンクラブ)特別会員」として任命することで、盛り上げてもらう。
このように受け入れ体制の整備を急ぎたいわけは、2020年のオリンピックではなく、2019年のラグビー・ワールドカップを意識して欲しいからだ。
ラグビー・ワールドカップは2019年9月に開幕し、1か月半にわたる。試合は全国12都市で行われるが、チームはその前から来日して、周辺地域でキャンプを行う可能性がある。さらに世界中から熱狂的なサポーターたちが来日するので、このチャンスを逃すことなく、戦略的な対応を進めたい。なお、ここでも忘れてならないのは、既述してきたように、人(外国人旅行者)を主役にすることだ。
以上からまとめてみると、「稼げる観光」は、なにも難しいことではない。美しい集落で、生き生きと生活する人々と交流し、旅行者をそのシーンの主役にすることが、深い満足感や幸福感を与える。その満足感から財布の紐もゆるみ、思い出とともに地域のおみやげを購入してくれる。そしてリピーターになってくれるという流れを創り出すことが、「稼げる観光」の手法なのだ。
筆者なりの視点から簡単にまとめでみたが、成功する秘訣は、「人」にこだわることを強調していることに気づく。それは受け入れ側の「人」であり、旅行者という「人」でもある。
著者の言葉を借りれば、まず、どんな人に来て欲しいのか、対象を明確にし、それにふさわしい居場所と出番をつくる。加えて、旅行者の興味に合わせたコミュニティをつくる。さらに、旅行者同士あるいは地域住民がともに楽しめるプログラムをつくる。そして、これらを複合的に仕掛けていくことが大切、ということになる。
これからの観光は、ますます多様化、細分化していくことが予想されるが、全国で注目されつづけることは間違いない。インバウンドをはじめとして、とりわけ地方での観光振興は、アタマを柔らかくして地域にある資源を見直し、あるいは磨きをかけ、人そしてコミュニティをプロデュースすることに心がけたい。
インバウンド研究、外国人旅行者のニーズを踏まえながら地域資源を発掘するアイデアや夢がひろがり、ワクワクしてきた。
参考文献:
鈴木俊博『稼げる観光 地方が生き残り潤うための知恵』ポプラ社、2015年7月
http://www.poplar.co.jp/shop/shosai.php?shosekicode=82010630
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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