2016.3.30
  「なつかしい未来と福島プライド」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


  2016年3月、福島県が主催する安全安心な県づくりをテーマとした委員会に、委員の1人として参加した。
  その場には、防犯、防災、DV(虐待)や食品添加物など、県民の安全安心に係わる各分野で活躍されている皆さんが集まり、日ごろの活動の様子や問題などを話し合った。やはりそれぞれの現場ならではのなるほど、と考えさせられる数々の問題提起があったが、そのなかで地元の特産品である、からむし織りと思われる着物を美しく着こなした女性の発言を、おもしろく聞いた。

その方は、会津地方の中山間地域で地場産業振興などに取り組んでいるのだが、福島は今回の大震災と原発事故でとても苦労しているが、自分の地域では電気やガスが止まっても、およそ困らないだろうという。それは仮に電気が止まっても、薪を燃やすことでご飯を炊き、明かりを採ることができる。水は自然水が豊富にあるし、食料は周囲の畑などにいくらでもある。だから安全安心には強いのだ、と発言した。
  自然と共生する生活をしていれば、リスクに強い安全安心な生活を営むことができるというわけで、たしかにそうだと、ハッとさせられた。

安全安心を考える場合、どうしても非常用食料や避難場所の確保など、モノや場所あるいは情報収集などに頼りがちになるが、たしかにその前にもう少し考えてもいいことがありそうだ、と思った。
  その方の話を聞きながら、数年前に読んだ藻谷浩介さんとNHK広島取材班が書いた『里山資本主義』的な生活の大切さを思いだした。そこには、薪やペレットを利用したストーブを活用した生活やバイオマス発電、地場資源や自然素材を生かした食料品の大切さなどが書かれていて、とても共感した覚えがある。
  しかし、よく考えてみると、では今回の原発事故のような場合、放射線対策はどうするのか、長期にわたる健康診断や健康管理にあたっては、先進的な医療技術の開発も必要なのではないか。里山的生活ですべてが解決するわけでもないのではないか、などと自問自答もした。

そんなとき、ちょうど前後して、筆者が参加した浜通りのある町で開催された別の委員会では、放射線研究ではわが国の第一人者ともいえるある先生と、雑談をさせていただく機会があった。
  この先生は勤務する大学を通じて医薬品の開発にも関係されていて、日々、新薬の開発に苦労されていた。現在はメタボ対策に通じる新薬の開発に関係されているとのことで、安全安心にも通じる健康な生活を過ごすためには、やはり医療技術や医薬品の開発が果たす役割は重要だと考えさせられた。もちろん、放射線対策や廃炉技術の開発、あるいは再生エネルギー分野などでも、現代科学や先端技術を駆使した研究開発は不可欠といえるだろう。

自然と共生する生活を営むことで、安全安心な生活を取り戻すことができることも確かだし、同時に、放射線対策、廃炉技術、さらには今後ますます深刻化する人口減少や超高齢社会対策を考えると、労働力不足を補う省力化や高齢者・身障者らの介助を支援するロボット開発なども待たれるところだ。とくに後者のテーマは、現在、福島県が国とともに推進している国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想で注力しているテーマと重なる内容だ。
  最近、地元の新聞やテレビのニュースで、国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想に基づき、廃炉技術やパワースーツ・介助ロボットの開発、新エネルギー開発などが進んでいるという話題を、見聞きしている読者も多いのではないか。

そんなことを考えているとき、上記した『里山資本主義』を読んだときに印象に残っていた、「なつかしい未来」という言葉を思いだした。
  同書のなかで、千葉大の広井良典先生の発言として「懐かしい未来」という言葉が紹介されていた。それを筆者は、地産地消のような形で培われてきた伝統的な技術や文化を活かしつつ、これからの時代を先取りするような(環境にやさしい)新技術などを導入することで、新しい未来をつくっていくという意味だと解釈した。過去の良いものと未来技術を取り入れた、めざすべき新しい社会像の提案ではないかと。

もちろん、言うまでもなく、単なる過去への回帰は時代錯誤であり、仮に未開社会や江戸時代の生活に戻ろうとしても、それは不可能なはなしだ。また、新しい技術開発への挑戦は不可欠であるが、しかし、それは人類の幸福追求への歩みを乱すものであってはならない。人類が制御できない科学技術の実用化などは、厳に控えるべきであろう。
  やや話が堅くなってきたが、自然と親しみ、自然から学び、自然と共生しつつ、同時に日常生活に役立つ技術開発にチャレンジして実現していく。それは、多様な地形を反映した豊かで広大な県土を持ち、かつ高度な精密技術を持つ企業や医療産業などが集積している福島県ならではの特長、といえるのではないか。

もう少し具体的にイメージしてみると、山林、農地、里山、海洋などの地域資源の活用や、これらを生かした風力や地熱、水力といった再生可能エネルギーの活用、地産地消を中心とした自然豊かなおいしい食料品の製造・開発、祭りや踊りといった伝統文化の継承、相互扶助による助け合いの社会・コミュニティ活動の再生・継承。と同時に、精密技術や医療産業などの多様な製造や研究開発の場が集積する地域社会像が描けるのではないか。

筆者は、福島の長所を生かしたそんな未来社会を選択したいと思う。そして、そんな未来社会の実現をめざして、福島では各地、各現場で精力的に活動をはじめていると感じている。
  このような県民の皆さんの活動は、数十年という長期にわたる廃炉作業や風評被害などともたたかい続けていく「ふくしまプライド」といえるのではないか。

参考文献:
福島県ホームページ「福島・国際研究産業都市(イノベーション・コースト)構想」
http://www.pref.fukushima.lg.jp/site/portal/innovation.html
藻谷浩介・NHK広島取材班『里山資本主義―日本経済は「安心の原理」で動く―』角川書店、20137
http://www.kadokawa.co.jp/sp/201307-04/
吉岡正彦「里山の魅力を見直す」(本欄コラム)2013.11.21
http://www.f-jichiken.or.jp/column/141/yosioka141.html



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません