ふくしま自治研修センターでは、2016年度の政策研究会のテーマとして、インバウンド(外国人による訪日観光)を予定していることから、このところ観光関連の本を読む機会が多い。
そのなかで、デービッド・アトキンソン著『新・観光立国論』をおもしろく読んだ。著者は、京都市に在住しており、元ゴールドマン・サックスのアナリストで、現在は日本の文化財の修復を手掛ける小西美術工藝社の社長であり、かつ裏千家の茶名を持つという異色の経歴主である。
それだけに、外国人(イギリス生まれ)の視点から見た日本の観光振興論はユニークであり、かつさまざまな統計数字を駆使した冷静な分析に説得力を感じたので、以下に簡単に紹介してみたい。
日本は世界的に見て、数少ない観光大国になれる魅力をもつが、2013年における国際観光客到着数のランキングをみると、1位のフランス(8,473万人)、2位のアメリカ(6,977万人)などと比較して、1,036万人で26位でしかなく、アジア諸国のなかでも低い位置にある。(表1)
観光収入でみても、1位のアメリカ(214,772百万ドル)、2位のスペイン(67,608百万ドル)などと比較して、16,865百万ドルで21位でしかない。(表2)
このような現状から、日本が観光立国になるためには、何が阻害しているのかを洗い出す必要がある。そのためには、まずは「観光立国」を形成する条件を知らなくてはならない。
表1 表2
観光には、目的や対象者に応じて、多種多様な姿があるが、観光立国になるためには、気候、自然、文化、食事という4つの条件が必要である。
まず、気候としては「ほどほど」の気候条件が向いている。上述したように、国際的に観光客数が上位にあるフランス、アメリカ、中国、スペインなどは、およそそのような条件を持つ。
また、観光はおもに都市の居住者が異国に行くわけだから、自国では見られないような雄大な自然や特有な自然を見たいのが当然である。文化も同じで、観光客はその土地ならではの異文化に触れたいと思っている。
そして大切なのが食事の良さであり、上位にランクしている国名に料理という言葉をつけ加えると、フランス料理、イタリア料理、中華料理という具合に認知されているように、食事は外国人を呼び込むための重要な要素となっている。
このように考えると、日本はこの4条件を満たす希有な国であり、したがって観光大国になる潜在力がある。
ただし日本人自身による勘違いも多く、日本には豊かな四季があるとか、他国の異文化を取り入れた多様な文化があるなどと言うが、それらはほとんどどの国にもあることで、日本独特の魅力ではない。
日本の特徴は、古い文化を残しながら、新しい文化を取り入れている点にある。たとえば、公家文化を残しつつ武家文化も認める。天皇制を残しつつ征夷大将軍という制度を加えるといった幅のある文化が、外国人から見ると非常に斬新なので、この点をしっかりと訴求したい。
では、なぜ潜在力がありながら、世界で20位以下というようなポジションに甘んじているのか。そこに観光立国になれない問題が潜んでいる。
その理由としては、そもそも日本は工業や技術開発を優先して、観光に力を入れてこなかったことがある。たとえば、他の観光先進国と比べて、観光の目玉の1つといえる文化財の保護や活用に向けられた予算はおどろくほど少なく、観光資源として整備されてこなかった。
また、日本人の多くは、外国人への訴求ポイントとして、上記した4条件以外の気配りやマナー、治安の良さ、時間に正確な交通機関などを指摘するが、これらはないよりはあった方が良いという程度のことだ。外国人がはたして気配りやマナー、治安の良さなどのために、日本に来るだろうか。また、観光大国であるフランスやアメリカは、気配りやマナー、治安の良さなどに優れているのだろうか。あるいは、日本のゆるキャラや自動販売機、マンホールのデザインなどがめずらしいといっても、それらはたいした収入にはならない低次元な観光である。
このような的外れなアピールは、観光立国にはあまり意味のあるものではない。観光立国に向けて大切なのは、フルメニューの提供である。
つまり、気候も、自然も、文化も、食事もある国に、外国人観光客は足を向ける。アニメもやる、神社仏閣や伝統芸能も整備する、という「も」という考え方が大切だ。そうすることで、リピーターの獲得にもつなげることができる。つまり1回の訪問では味わえない総合力を創り出すことだ。
ちなみに海外メディアが伝える日本の魅力の一例をあげてみると、歴史的名所(姫路城、熊本城、日光東照宮)、京都の寺社(清水寺、三十三間堂)、伝統体験(旅館、お茶、相撲)、食事、自然(スキー、沖縄、富士山)という具合であり(USA Today記事より)、これらはみごとに気候、自然、文化、食事になっている。
同時に、日本人の感覚や価値観を押しつけてはいけない。日本人がアピールしたがる「おもてなし」がその典型で、どこの国でももてなしには自信を持っている。日本人の礼儀正しさや親切さは評価されているが、だからといってホスピタリティが高いと思っている外国人は少ないのではないか。それゆえ、日本人が思うような観光の主たる動機は忘れて、外国人観光客の声に真摯に耳を傾ける必要がある。
そこで必要になるのが、どの国のどういう人に何人くらい、何を見せて何日滞在してもらうのか、観光サービスにいくら払ってもらうのか、そのために何をどう発信すれば来てもらえるのか、などを考える観光のマーケティングだ。
これまでの日本のマーケティングは、大ざっぱで抽象的だ。まず外国人をひとくくりにする傾向がある。外国人といっても、アジア、ヨーロッパ、アメリカというように多様であり、国籍、人種、性別が違えば、当然、趣味や嗜好も違う。したがってこれらをどれだけセグメント化して、ターゲットにするのかを綿密に計画して、実行していくことが大切になる。
そのためには、顧客が誰なのか、そして外国人に売ることができる商品・コンテンツは何かを、はっきりさせる必要がある。
つぎに、それらの商品を誰に、いつ、いくらで売るのかを考えて、発信する必要があり、そうすることで、経済効果や必要な観光客数などがみえてくる。
これを日本全体で考えてみると、約500兆円の経済規模に対して、世界のGDPに占める観光業の割合は9%なので、日本の現在の2%を9%水準にまで増やすと考えると約54兆円になり、約40兆円の追加経済効果がある。
さらに、他の観光大国にならって1人あたり支出を20万円、外国人の貢献割合を21%と想定すると、日本が本来目標とすべき観光客数は5,600万人になる。現在の1,300万人からすれば夢のような数字になるが、中国5,569万人、スペイン6,066万人などの水準にあることを考えると、不可能な数字ではない。
さらに、今後の観光業の成長率を踏まえて計算すると、2030年には年間8,200万人という数字が出てくる。これは決して非現実的な予想でもなければ、楽観的な予想でもない。
以上から、年間約1,341万人(2014年)しか来ていないという現状が、どれほど「潜在力」を生かしていないか、理解してもらえたのではないか。(筆者注)
ただし、仮に5,600万人になったからといって、観光大国として成功するかどうかは、別の話である。観光大国として重要なのは経済効果であり、お金を落とす観光客をターゲットに据える必要がある。
外国人観光客の日本への旅行者数は、台湾、韓国、中国などの順になっているが、世界全体で観光支出額ランキングをみると、オーストラリア、ドイツ、カナダなどという順位になっている。(表3、表4)
表3 表4

これらのお金を使いたがる人たちをターゲットとして考えるならば、これらの国の観光客の好みを考慮する必要がある。なお、このような議論は人種差別というようなことではなく、観光収入効果を考えると導き出される結論として理解してほしい。
現在、マスコミなどで中国人による「爆買い」が話題となっているが、もしアメリカからの観光客を増やしたいということであれば、日本食やショッピングの訴求はもちろんとして、自然や歴史文化の体験などでもしっかりと対応しないといけない。すなわち、中国人と欧米人らの好みは異なっていることを考慮する必要があり、また長期にわたる滞在期間を踏まえた対応を考えることも重要になる。
しかし、日本が行っているビジットジャパン事業などでは、日本観光の宣伝役としての目利きや良き理解者を増やそうという発想が多い。つまり親日家のような外国人を探しだして、日本の魅力を広めてもらおうとしているようだ。しかし大切なのは、経済効果が大きい観光客らの声に耳を傾けて、変えるべきところは変え、改善すべき所は改善していくという姿勢なのだ。
つまりは、呼びたい観光客を踏まえた細かなセグメンテーションが必要であり、このようなことはイギリスでもフランスでも実践している。たとえばイギリス観光庁が作成したという観光業界向けの手引きでは、各外国人向けにホテルの従業員はどう対応すべきかとして、「ロシア人は長身なので、天井の高い部屋を用意すべき」「日本人客にははっきりノーとは言わず、もっと感じの良い言い方を考える」などが紹介されている。
客が何を求めているかを理解する、それこそが、観光大国が行っている「おもてなし」なのだ。
また、ツーリストトラップ(評判ほどの魅力がない観光地)という問題もある。日本では町おこし、村おこしが盛んだが、多くの場合、実力を水増ししているので、インターネットに掲載された観光地の写真などにつられて行ってみると、実際には写真どおりではなくてガッカリすることがある。
このようなことはネット上でツーリストトラップとして拡散することで、悪評が広まってしまう恐れがある。観光地としての基本的な整備がなされないままで、マーケティングが先行しすぎることは、決して良いことではない。
(筆者注)2015年の訪日外国人観光客数は1,973万7,000人、前年比47.1%増と急速な増加傾向にある。
(以下、続)
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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