ふつう、公共交通というと、電車、バス、飛行機、モノレール、船舶あるいはデマンド交通(バス・タクシー)あたりがイメージされる。それは、「公共」という以上、より多くの住民の利用に供するという意味から、大量または中量程度の利用客を運ぶ交通手段として考えられるからであろう。
しかし、社会全体に高齢化が進み、歩行が困難ないわゆる交通弱者が多くなるなか、近年、タクシー補助という生活の足の確保策が話題になっている。
つまり、高齢者らが自宅近くの鉄道駅やバス停にまですら歩くことが困難になってくると、残された移動手段としては、家族などによる送迎がむずかしい場合には、自宅から電話でタクシーを呼ぶことになる。タクシーは自宅まで迎えに来てくれ、さらに病院や買い物先などの目的地まで運んでくれるので、もっとも使い勝手が良い。つまり、他の交通手段にはないドア・ツー・ドアという利便性がある。
しかし、タクシー利用の問題点は、なんといっても他の交通手段に比べて利用料金が高い。東京都(23区)の場合、タクシーの距離性運賃は2キロまでの初乗り運賃は730円(普通車の場合)であり、以後280mごとに90円が加算されることから、かりに5キロ先の病院まで乗ると1,720円になり、往復利用では3,440円にもなる。
このような金額は、年金暮らしをしている高齢者らにとっては大きな負担になることから、タクシーで出かける回数を節約したりもする。本来ならば、少し離れた公民館や文化センター、商店街などに出かけて、友人らと楽しい時間を過ごしたいと思うことも少なくないだろう。
これまでは、コミュニティバスやデマンド交通がそのようなニーズに応えてきた。デマンド交通の場合、事前予約が必要となることから、利用がない便や時間帯は運行を省略して経費を節減することができる。しかも、乗り合いが原則であり、かつ多くの場合、自治体による補助もあることから、利用料金は通常のバス料金以下で利用することができる。
しかし、コミュニティバスはもとよりデマンド交通も、近くの停留所まで出て車両の到着を待っていたり、複数の客が乗り合うために、目的地に対して迂回するというような不便さが伴うケースが少なくない。また、電話による事前予約が面倒だという声も聞く。さらに万一、予約時間に体調が悪くなったり急用ができたりすると、予約をキャンセルしたりと、何かと負担である。
乗り合い交通とタクシーの利活用によるメリット、デメリットの比較は、表1に示すように整理することができるが、もっとも使い勝手が良いと考えられるタクシー利用に対して、利用料金の一部を補助する動きが増えてきたというわけだ。
タクシー補助自体は、これまでにも身体障害者などに対して、障害者手帳を提示することで運賃が1割引きになったりはしてきた。しかし、高齢者全体を想定すると、高齢とはいっても元気な健常者も多いことから、自治体が運賃の一部を補助することは、他の市民との平等性の問題、あるいは鉄道やバス事業者の経営を脅かしかねないという問題もあり、敬遠されてきた。
しかし今日、タクシー補助を導入する自治体が増えているのは、そんなことも言ってはいられないという切羽詰まった状況に、突入しつつあるということだろう。
表1 乗り合い公共交通とタクシー利活用の比較

資料:九州運輸局交通政策部交通企画課
「公共交通体系におけるタクシーの利活用に関する基礎調査報告書〔公表版〕」平成28年3月
ひと口に、タクシー補助といっても、多様なパターンがある。
一般的と考えられるのは、事前に高齢者、身障者など限定した対象者に対して、初乗り運賃(基本料金)を、自治体が補助するケースである。(事例1、静岡県清水町のケース)
あるいは、同様に限定した対象者に対して、一定金額に相当するタクシー利用券(たとえば1枚500円)を配り、タクシーを利用したときに運転手に利用券を渡すとともに、残金を利用者が支払うというケースもある。この場合、1回の乗車に対して1枚あるいは数枚まで利用可能というような制限をもうけるケースが多い。(事例2、埼玉県美里町のケース)
また、茨城県大子町の場合には、やはり限定した対象者がタクシー助成券を利用することで、運賃の半額を補助するという運用を行っている。この場合には、運賃が高額になると、当然、町の補助額も比例して高額になる。(事例3、茨城県大子町のケース)
このように、どのような補助方法を採用するかは、自治体の考え方に寄っているが、いずれの場合でも、自治体の負担は増える。ただし、予算として補助総額があらかじめ把握しやすいケース(事例1、2)と、利用状況に応じて事後的に決まるケース(事例3)というような違いがある。
さらに、工夫を加えた方法の1つとして、山口市で行われているグループタクシーがある。これは、タクシー利用券所有者がグループとして相乗りすることで、人数分を運賃として加算して利用することを認めているため、個々の利用者の負担額が節約できるという方法である。
このような方法は、相乗りを奨励することで、利用者の金銭的負担が減るばかりか、タクシーの運行回数やガソリン代の節約、すなわち運行効率のアップにもつながる。運賃が高額になりがちな比較的遠距離での利用の場合に、とくに有効といえるかもしれない。(注1)
事例1 静岡県清水町外出支援サービス事業
項 目 |
概 略 |
主旨 |
居宅と指定先の社会福祉施設又は医療機関等への送迎に要するタクシー基本料金を助成します。 |
対象者 |
おおむね65歳以上の単身世帯、高齢者のみの世帯で当該年度(4月から6月の申請にあっては前年度)の市町村民税が非課税世帯であり、一般の交通機関を利用することが困難と認められる方 |
運用形態 |
【助成額】
小型タクシー賃走基本料金 |
利用の上限 |
【利用限度回数】
年間24回(年度途中での申し込みの場合は、当該年度の残月数×2枚を限度とします。) |
その他利用に対する制限 |
【外出支援サービス事業者】
事業者名 電話番号
伊豆観光タクシー 954-6000 (その他の登録タクシー会社名は筆者省略) |
その他 |
申し込み先
清水町地域包括支援センター(清水町福祉センター内)電話 055-981-1675
問い合わせ先
清水町 長寿介護課 高齢者支援係 (役場1階)
〒411-8650 静岡県駿東郡清水町堂庭210番地の1 電話番号:直通電話(055-981-8207) |
資料 |
清水町ホームページ http://www.town.shimizu.shizuoka.jp/fukushi/fukushi00021.html#bodycontents |
事例2 埼玉県美里町公共交通(タクシー)利用料金補助事業
項 目 |
概 略 |
主旨 |
運転免許証の交付を受けていない方等が日常生活を営むうえで、通院や買物など利用目的を限定したなかでの移動手段を確保する事業として、平成26年度からタクシーを利用した助成制度を行っています。 |
対象者 |
自動車免許証の交付を受けていない方(40歳以上)
自動車を所有していない方(40歳以上)
※所有とは、名義上の自動車所有でなく、家族等の自動車を運転でき日常生活の交通手段に支障をきたさない場合は対象外となります。
身体障害者福祉法等の規定による手帳の交付を受け、自動車を運転することができない方(18歳以上)
※対象者になるのか詳しくはお問い合わせください。 |
運用形態 |
利用券の額等
利用券(1枚当たり) 500円
年間交付限度枚数 72枚(36,000円分)
※年度途中での申請は、月割りになります。
※利用券は、毎年交付になりますが、その都度申請していただくことになります。 |
利用の上限 |
利用の使用限度
1回の乗車での利用は3枚まで(1,500円分)
※1回の乗車とは、タクシーを降車し、利用料を精算したことで1回になります。
往復で利用した場合は、2回の乗車として3,000円分の利用券を使うことができます。
※利用券の使用限度を超えた料金は自己負担になります。
※自己負担分を支払う際、商工会発行の美里町元気チケットを使用することもできます。
利用方法
町内での利用または、乗降場所のどちらかが美里町内である場合の利用
利用できる目的は、通院、通所、買物、公共施設、金融機関、駅への移動
※町外でタクシーの乗り降りが完結する場合はご利用になりません。
※遊興目的での利用はできません。 |
その他利用に対する制限 |
タクシー依頼方法
タクシーを依頼するときは利用者ご自身が、次の表のタクシー会社へ直接、電話をお願いします。
※依頼するときは、①利用券を使うこと、②迎えに来てもらう住所(自宅またはのりば)、③お名前、④目的地、⑤迎えに来てもらう時間を話してください。
所在地 タクシー利用券が使える会社 本庄市(4社) 、寄居町(2社) (会社名は筆者省略)
タクシーのりば
町内には、タクシー事業者がいないことからタクシーを呼んで利用した場合、多くの迎車料金がかかってしまいます。このことから「タクシーのりば」を設定しました。
病院などへ行くときにご自宅へタクシーを呼んだ場合、一番近くの「タクシーのりば」から計算しますので、通常の迎車料金よりお安くなります。
《タクシーのりば一覧》①美里町役場 ②中央公民館(コミセン)③東児玉公民館 ④大沢公民館⑤倉林集会所⑥南阿那志集会所⑦小茂田児童センター⑧中山集会所 ⑨第2分団車庫⑩沼上集会所⑪廣木会館 ⑫駒衣第三集会所⑬甘粕公会堂 ⑭小栗児童センター⑮猪俣中央会館⑯大仏農村婦人児童センター⑰白石公民館⑱円良田農民センター |
資料 |
美里町ホームページ http://www.town.saitama-misato.lg.jp/life/trans/taxi.html |
事例3 茨城県大子町タクシー利用助成事業
項 目 |
概 略 |
主旨 |
自動車を運転することができない高齢者や障害者を対象に「タクシー利用助成券」を交付しています。 |
対象者 |
大子町に住所を有し,かつ現に居住している自動車を保有していない又は自動車を所有しているが運転できない方で下記(1)~(5)のいずれかに該当する方。
(1)満65歳以上の方 (2)身体障害者手帳の交付を受けている方 (3)療育手帳の交付を受けている方 (4)精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている方 (5)その他・自立支援医療受給者証の交付を受けている方・障害年金の受給を受けている方 |
運用形態 |
助成券について
・申請内容を審査の上,郵送にて送付します。
・交付決定日より数えて月4枚を限度に年度分一括交付します。 |
利用の上限 |
・助成券は1回の乗車につき1枚利用することができ,1枚の利用で料金の1/2を助成します。助成券はタクシー乗車時に運転手に渡してください。 |
その他利用に対する制限 |
タクシー利用助成券を利用できるタクシー会社をご利用ください。
助成券が利用できる区間は町内に限ります。乗車場所,降車場所及び経路のすべてが町内でなければ利用できませんのでご注意ください。
1回乗車につき,助成券は1人1枚使用でます。
・助成券は 本人のみ利用できます。(家族や他人への譲渡はせん)
(例:助成券を1枚利用した場合、利用料金 750円の場合 ⇒ 助成金額 370円 + 利用者自己負担額 380円) |
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問い合わせ先 まちづくり課まちづくり担当
本庁2階 〒319-3526 大子町大子866
電話番号:0295-72-1131 ファックス番号:0295-72-1167 |
資料 |
大子町ホームページ http://www.town.daigo.ibaraki.jp/page/page000915.html |
近年は、長生きする高齢者らの体力、注意力の低下をふまえて免許返納も増えていることから、使い勝手の良い公共交通へのニーズは拡大しているといえよう。
そんな時代背景を踏まえて、自治体は、鉄道やバスなどの既存交通事業者らと折り合いをつけながら、タクシー補助という選択も考慮してみてはいかがだろうか。
ただし、タクシー補助は、ドア・ツー・ドア運送という、きわめて使い勝手の良い交通弱者対策の切り札ともいえることから、いったん本格的に導入すると、その後は止めにくくなるというリスクが大きいことは、念頭におく必要があろう。
なお、考え方は変わるが、新潟県見附市で行われているコミュニティ・ワゴンのような制度(市が住民組織に対して、無料でワゴン車両を貸与して、地元で自由に利用している)も、地域でうまく運用できるならば、利用者にとっては無料による交通弱者対策として魅力的ではないか。(注2)
(注1)吉岡正彦「高齢者の「足」グループタクシー事業」 」(本欄コラム、2013年12月25日)
http://www.f-jichiken.or.jp/column/H25/yosioka144.html
(注2)吉岡正彦「日本トイレ大賞とコミュニティ・ワゴン」(本欄コラム、2016年1月13日)
http://www.f-jichiken.or.jp/column/H27/yosioka237.html
参考資料:
九州運輸局交通政策部交通企画課「公共交通体系におけるタクシーの利活用に関する基礎調査報告書〔公表版〕」平成28年3月
ttps://wwwtb.mlit.go.jp/kyushu/gyoumu/kikaku/file31/201604kotsukikatyousa.pdf
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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