2016.11.2
  「地域の課題を自分ごととして捉える」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


 2016年10月15日、NHK、Eテレで放送されたTVシンポジウム「地域の課題を“自分ごと”に~住民参加の地域づくり~」を視た。まちづくりを自分のこととして考えようという主旨で、まちづくりの教科書と感じるようなとてもわかりやすい内容だったので、紹介したい。
 この番組は、「NHK地域づくりアーカイブス」にアップしているビデオ映像を活用しながら、全国でまちづくりに係わっている4名の当事者が集まり、シンポジウム形式でまとめたものだ。
 パネリストは、島根県海士町長の山内道雄さん、広島県安芸高田市川根地区・川根振興協議会会長の辻駒健二さん、NPO法人「コミュニティ・サポートセンター神戸(CS神戸)」理事長の中村順子さん、そして、海士町で子どもたちの教育に取り組んだ島根県教育魅力化特命官の岩本悠さんで、さらにコメンテーターとして、財政に詳しい東京大学名誉教授の神野直彦先生が加わった。司会進行は、NHK解説委員の後藤千恵さんだ。

 いつの時代でも地域は人間の営みの基盤であるが、たくさんの課題を抱えて次の時代の新しいビジョンが見えない現代、どのように地域の課題を自分ごととして捉えることができるのか、議論が始まった。
 はじめに、地域づくりの先進地として、島根県隠岐、海士町が紹介された。海士町は人口2300人、1999(平成11)年、多くの地方と同様に公共事業に依存するなか、102億円の借金という財政破綻の危機に直面し、2008(平成20)年には財政破綻が予測された。
 そこで、町では、公共事業の削減、給与や人員削減などの経費削減を進め、2005(平成17)年には、89億円まで減らすことができた。しかし、公共事業に代わる新たな産業の育成が必要となっていた。山内町長は、工場誘致は一時的な効果でしかないと考え、自分たちの島は自分たちで守ることにした。

 職員たちが、島中をまわり町の特産物を探した結果、地元で食べられてきたサザエを利用したカレーライスに気づいた。島では肉が高価なため、いくらでも採れるサザエを利用して、カレーを食べていた。
 そこで、農協婦人部では、都会受けする味づくりに向けた商品開発を進め、3年間をかけて町の特産物第一号を完成させることができた。レトルトパック化されたサザエカレーは、いまでは年間2万食を売り上げている。
 このほか、きれいな海水からつくる塩、岩がき、隠岐牛、自生する植物からつくるハーブティーなどを開発した結果、多くの働き口ができたことで、島は人口増加に転じ、特産物づくりで財政危機を克服することができた。

 海士町のキャッチフレーズは、「ないものはない」。山内町長は、東京のような便利さはないが、米づくりなど大事なものはみんなある。「ない」と言ってはいけない、あるものを生かそう。さらに、守りだけでは地域は守れない、攻める発想が大切だと解説した。
 神野先生は、財政の回復に向けて、単に帳尻合わせに奔走するのではなく、地域力を発揮することで、財政を立て直した点が素晴らしい。加えて、島が発展しているということは、地域に内在しているものを拓いていく、そして、長所を伸ばしていく試みが優れている、とコメントした。

 つぎに、地区単位の住民の力で地域再生に成功した事例として、広島県安芸高田市川根地区が紹介された。
 川根地区は、人口500人の小さな山村だ。バス会社が撤退してしまったため、運転手は地元住民というもやい便(タクシー)を運行している。地区内は100円、市の中心部までは500円で利用可能で、高齢者らが診療所に行ったりする際に喜ばれている。
 川根地区は、44年前の大水害で江の川が氾濫、地区が分断されてしまった。さらに人口減少が進み、村が消滅するという危機を迎えた。
 そこで、住民たちは夜を徹して議論した結果、役場のような機能を持つ自治組織、川根振興協議会をつくった。行政に頼らずに、住民同士が助け合って暮らそうという選択をしたのだ。全世帯から年間500円の会費を徴収(現在は1500円)して、運営資金に充てた。
 川根地区では、かつて農協が経営していたスーパーが撤退したため、住民たち自身でスーパー万(よろず)屋と隣のガソリンスタンドを経営している。これも、すべての住民が1000円を出資し、共同経営者となっている「みんなの店」だ。 さらに、自生しているゆずのジュースやパウンドケーキなどの特産品を開発することで、16人の雇用を生み出すことができた。

 また、若い人に住んでもらおうと、公営の間取りが変更できる「お好み住宅」をつくり、新しい住民の受け入れを進めた。家賃は、4LDKで3万円。すでに23棟が建てられており、20年住むと払い下げが受けられる。今では小学生の半数が、「お好み住宅」で暮らしているという。
 協議会会長の土駒さんによれば、1972(昭和47)年の災害は大変なできごとで、ふるさとから人口が流出した。行政に頼っていたら地域がなくなるという状況のなか、自分たちが地域を守らないといけない、と住民が立ち上がった。
 要求型から提案型の地域づくりをしないといけない、いまはそんな確信を持って活動している。その結果、住民が地域に誇りを持つようになってきた。”心の過疎”をつくってはいけない、という言葉が印象に残った。

 川根地区の試みに対して、山内町長は、主役は住民だが、行政は逃げていてはいけない。そういうステージをつくることを行政は惜しんではいけない、とコメントした。
 また、神野先生は、人間がともに手を携えて生きていくという仕組みをつくるときの原則として、補完性の原則がある。自分ができないことは家族で、家族ができないことは地域で、地域ができないことは行政がやるという考え方だ。
 いま地方には、明治時代にできていた自然村がほぼ小学校区として残っている。そういった住民の自主的な活動に対して、市町村は足りないところを補完するなり、補強するという仕組みをつくること。それを組み合わせることで、問題を解決していくことが大切だ。
 高知県梼原町では、自然村ごとの活動を大切にしている。自然村が6つあり、自然村ごとにある住民の健康管理や商店・ガソリンスタンドの経営、自然環境の整備などをやっている。地区ごとの活動を、行政が補完している良い事例だ、と紹介した。

 3番目の事例は、都市部での地域づくりとして、阪神淡路大震災をきっかけとして生まれたNPO法人サポートセンター神戸の取り組みが紹介された。
 1995(平成7)年に発生した阪神淡路大震災で、神戸市東灘区では1400人以上が亡くなった。震災前から地域でボランティア活動をしていた中村順子さんは、地域のお年寄りたちが心配になった。ポリタンクで飲み水を配ったり、避難所での炊き出し、お年寄りの病院への送迎など、住民たちで課題を解決した。
 また、仮設住宅での引きこもり、孤独死の問題も持ち上がった。そこで、被災者たちが交流できるふれあいサロンづくりを始めた。診療所の待合室を利用して、手芸教室、健康サロンなど、助け合いをベースとして活動した。その活動は、いまもNPO法人として、ボランティア活動やコミュニティ事業の支援として続いている。
 震災の時に始めた炊き出しが手作り弁当の宅配事業につながっており、いまでは500円の弁当が、年間1万食売れている。震災の時につくった交流サロンは、商店街の一角で続いており、そこではミニ・デイサービスとして、歌を歌ったりして、交流を楽しむことができる。また、夕方になると、子どもたちが集まってきて、そろばん教室になったりもしている。
 高齢者の食事や介護サービスもやっており、利用者は1時間1000円を負担、ボランティア・スタッフの時給は700円で、残りの300円はNPOの維持・運営費に充てている。こうして、震災後の生活支援活動が、いまでは小さな仕事となり、生きがい活動となっている。
 中村さんによれば、ボランティアには、無償サービスと有償サービスがあるが、その棲み分けは、あいさつやゴミ出し程度は無償でやっているが、生活や家事の支援など長く続けたりコストがかかるという場合には有償化することで、利用者も頼みやすくなっている、と説明した。
 神野先生は、大災害に直面すると、人間はどうやって生きていくべきか、という心理があぶり出されてくる。最も大切なのは人間の命であり、生きることが大切だということを実感する。
 生きることは手と手を携えることであり、傍観者から、解決する行動者へと進化する。共同の困難を住民同士が解決していくことは、都市でも重要なこと。都市は命と暮らしの場として、再生していかなくてはならない。
 人間が幸福に感じるときは、他者に必要とされていると感じるときなので、都市でもお互いを助け合うことは可能だ、とコメントした。

 4番目に、地域づくりの担い手を育てる教育に力を入れている海士町が、紹介された。町では、子どもの頃から高校まで、地域づくりを担う教育に力を入れている。
 具体的には、小学生の時から、地域との交流を進めている。教室から出て、地域の住民の生活を学ぶ機会をつくっている。そして、6年生になると地域の課題を見つけて、解決策を発表している。
 そして、毎年2月には、12年前から始まった子ども議会が開かれ、町長も出席している。子どもたちからの提案のなかから、町が採択した件数はこれまで100件にもなっている。
 また、中学生になると、地域の宝を探して、詳しく調べて発表している。その結果、子どもたちが島の暮らしに誇りを持つようになってきている。
 さらに、隠岐島前高校では、地域の課題に対して、地域に出向き、解決策を探すという「地域学」を実施している。たとえば、高校生からの島の神楽を続けることで、観光客も増えるのではないかという問題意識に対して、神楽の継承者が、神楽は地域になくてはならないもの、祭りほどコミュニケーションをとるのに最適なものはない、子どもたちのころから神楽を舞うことは大切なこと、と応じていた。

 このような地域に根ざした魅力的な教育を実施した結果、入学希望者が増えている。一時期、生徒数が減少して廃校の危機にあったが、8年前からV字回復してきているという。
 また、隠岐島前高校では、地域と相談して「隠岐島前高等学校魅力化構想」をつくったが、そのなかには、教育が果たすべき役割は「地域のつくり手を育てること」が明記されている。
 さらに、6年前から公立の塾を開始しており、島外から駆けつけた多彩な講師陣が指導にあたっている。なかでも「夢ゼミ」があり、高校生が夢を語り、講師陣がアドバイスすることで、将来の生き方を考える機会になっている。
 地域の課題について学び、自分ができることを探していくという教育を実践することで、未来の担い手を育てようとしている。

 岩本さんによれば、地域をつくるといっても、年代によって関わり方は違う。幼稚園、保育園のときには、子どもたちに体験させることが大切(in)、そして、小学校では、知る・伝える、あるいは発表する、提案することが大切(About)、そして、中学校になると、地域に対する貢献や行動が大切(For)、そして高校では、未来を描く、地域とともにある自分の将来を描くことが大切(With)ではないか、と説明した。
 山内町長は、これまで島では若い人を都会へ追いやってきたが、いまは変わっており、島の子どもたちが育っている。仕事を創るために、帰ってきなさいと言っている、と述べた。
 神野先生からは、地域でもっとも根本的な使命は、次の世代をつくっていく人材を育てること。海士町では、声なき声の民主主義を進めているのではないか。子どもたちが育ちたいと感じる地域づくりを進めている。それを私たちは学ばないといけないのではないか、とまとめた。

 最後のコメントとして、中村さんは、地域の課題を自分ごととして捉えるためには、大都会では、一人ひとりに情報が届いていない。自分ごとにできないつまずきがある。そこで、まちの情報の共有が必要だ。さらに、問題や課題が話し合える場をつくることで、自分ごとになるのではないか、と述べた。
 辻駒さんは、中山間地域には、もともと共同で支える力があった。それを復権させないといけない。おかげさま、お互いさま、もったいないという感謝の言葉が言える地域づくりが大切ではないか、と述べた。
 また、岩本さんは、地域づくりを続けていくために大切なこととして、やりがいが感じられること、手を取り合える仲間がいること、希望が持てることの3つを大切にしたい、と述べた。
 神野先生は、地域が大切なことは、「私たち」という意識を持つこと、つまり、共同で解決していくこと。未来がどうなるのかわからないなかで、それぞれが力を出し合うことで、未来を選択することができるのではないか、とまとめた。

 NHKの地域アーカイブスについては、以前、筆者もこのコラム欄で紹介したことがあるが(注)、その後、ずいぶんと掲載事例も増えて、内容が充実している。まちづくりに向けて、たくさんのヒントになる生の事例が、ダイジェストとして掲載されている魅力は、とても大きいと感じている。
 また、上記に取り上げた事例は、決して特殊な事例ではなく、福島県でもそれぞれの地域で、もちろん工夫は必要であろうが、良い点を取り入れることは十分に可能だろう。
 人口が減少し、厳しい財政のなか、先進的な現場から創意工夫やアイデアなどを学ぶことで、それぞれの地域で豊かな地域社会を築いていきたい。

(注)吉岡正彦「NHK地域づくりアーカイブスへの期待」」(本欄コラム、平成27年11月4日)
http://www.f-jichiken.or.jp/column/H27/yosioka231.html

参考文献:
NHKテレビ、Eテレ、TVシンポジウム「地域の課題を“自分ごと”に~住民参加の地域づくり~」、2016年10月15日(土)(14:00~14:59)
http://www.nhk.or.jp/chiiki/program/161015.html
この番組で紹介された取り組み事例
「ないものはない 財政破綻からのV字回復」 島根県海士町
http://www.nhk.or.jp/chiiki/movie/?das_id=D0015010156_00000
「住民自治で住み続けられる地域づくり」 広島県安芸高田市
http://www.nhk.or.jp/chiiki/movie/?das_id=D0015010057_00000
「災害復興ボランティアからコミュニティ事業へ」 兵庫県神戸市
http://www.nhk.or.jp/chiiki/movie/?das_id=D0015010029_00000
「地域の担い手を育てる教育」 島根県海士町
http://www.nhk.or.jp/chiiki/movie/?das_id=D0015010160_00000
          



※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません