2016.12.15
  「念願だった竜神大吊橋を訪ねて」

                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


  福島県南に隣接する茨城県常陸太田市にある竜神大吊橋は、いまでは日本三大名瀑といわれる大子町の袋田の滝とともに、茨城県北観光の目玉の一つとなっている。
 奥久慈県立自然公園内にあることからも推察されるように、周辺のなだらかな山並みや近くにある八溝山頂からの眺望はとても良く、とくに紅葉の時期には交通渋滞になるほど、人気のスポットだ。

 筆者は設計会社に勤めていたころ、竜神大吊橋の計画づくりに参加した。1988(昭和63)年のことなので、いまから30年近くも前のことになる。
 当時から、茨城県では県北の観光振興に力を入れており、袋田の滝だけでなく、観光客に周遊して滞在してもらえるように周辺の観光開発に力を入れていた。その一か所として、大子町に隣接している水府村(当時。その後合併して常陸太田市)の竜神ダム湖周辺に着目していた。
 そこで、筆者らは、村の皆さんと協議を重ねながら、それならいっそうのこと竜神ダム湖上に、周辺の山並みや眼下に広がる湖水が眺望できるような歩行専用の大吊橋をつくってはどうか、と大胆な提案をした。当時、歩行吊橋としては、日本一の長さをねらったと記憶している。(実際の完成延長は375メートルで、現在は本州一をキャッチコピーにしている)
 なんとそれが、県事業として採択されたのだった。かなり高額な建設費になったと思うが、当時はいわゆるバブル景気の全盛期ということもあって、時期が良かったのだろう。実際に建設が完了したのは、1994(平成6)年のことだ。
 手元にある当時の報告書から完成パース(鳥瞰図)を紹介するが(下記)、大胆にもダム下流部にも小さな吊橋を提案しており、下からダム堰堤を見上げたり、放水口(洪水吐け)からの放流を間近に見ることができるような計画も、想定していた(久しぶりにこのパースを見るまでは、忘れていたが)。

 その後、完成した大吊橋を一度、見てみたいと思ってはいたが、計画立案後まもなくに転職したこともあり、実際に完成した姿を見ないまま、30年が経過してしまった。
 それが今秋、念願だった大吊橋を見に行く機会に恵まれた。青く高い秋空と紅葉に彩られた山々が広がるなか、実際に対面して、少々大げさかもしれないが、我が子に会えたような感動を覚えた。
 外観をスカイブルー色に塗られた大吊橋は、歩行専用吊橋としては、思っていたよりもしっかりした構造でできていて、湖面より100メートル以上も高い空中を、安心して渡ることができた。写真(下記)に見るように、橋の主塔がギザギザな構造になっているのは、竜神湖という名称にちなんで、竜のウロコをイメージしたつくりということかもしれない。

 訪れた時には、ちょうど橋(橋台)のほぼ真んなかの場所から、眼下に広がる湖面に向かって飛び降りるバンジージャンプをやっていた。何人もがほぼ連続しながら、文字通り命綱になっている一本のロープを頼りに、橋から100メートル以上も落差のある湖面に向かって次々に飛び降りているシーンを、ただただ見入ってしまった。
 周囲にいた何十人という見物人たちも、ジャンパーが飛び降りるたびに歓声をあげて楽しんでいたが、1回のジャンプ料金が1万5千円と聞いて、またまた驚いてしまった。過激なスリルを楽しむためには、勇気だけでなく、それなりのおカネも必要ということなのだろう。

 じつは、計画づくりに携わってから今日まで、この大吊橋が地元や県北の地域振興として成功するか、心配していた。観光開発は、客が来るか来ないかという水もの商売であり、こうして仕掛けても、地元の地域振興に役立たなければ、まったく意味がない。
 元同僚らから、完成した初年度は、アクセスする道路が狭くて大型バスがうまく入れない、などの問題点を聞いたりはしていた。しかし、めずらしさもあり、わずか人口7千人の村に、年間約90万人が訪れたそうだ。この数は、プロ野球の野球場が5万人程度で満員となることから、その18倍といえば、すごさは分かっていただけるかと思う。しかし、その後は、だんだんと減少してしまったようで、地元ではずいぶんと集客のために努力を重ねたらしい。
 当初の計画段階にはなかったが、橋を渡った先にカリヨン(幸せを呼ぶという鐘)をつくって観光客の渡橋を促している。また、毎年4~5月ころには、湖面の間を渡すように、ワイヤーに約千匹の鯉のぼりをつなげて、壮大な景観が楽しめたり、夏には橋台に灯籠や竹灯りを並べて幻想的な風景を演出するなど、四季を通してさまざまなイベントを実施して、集客に工夫したようだ。これらは、現在も実施している。

 当時、よく会社の先輩たちから、観光開発の成功条件は「小さく産んで大きく育てることだ」、と聞かされた。つまり子育てと同じようにということになるが、最初から巨額な投資をすると、一時期、第3セクターの破綻が相次いで社会的に話題になったように、失敗したときに取り返しがつかなくなる。そこで、まずは小さく産んで(開発して)、その後の観光客の増加に応じて、施設などを育てろ(拡大しろ)、という教えだ。たとえばスキー場開発でいえば、最初は最小数のゲレンデやリフトをつくり、人気が出てきたら、次々と増設していくという考え方になる。
 しかし、大吊橋の場合には、当初から巨額な投資を必要とするため、いっそう綿密な維持・運営計画が必要になる。計画が採択されて具体化した頃には、すでに筆者は関与する立場にはなかったが、きっとその後に関係した皆さんは、試行錯誤しながらも、今日までの約30年間、努力をし続けてきた。
 こういった施設は、つくることよりも、長年にわたり維持・管理し続けることの方が、はるかに難しい。おそらく、いま若者たちに人気があるパンジージャンプの導入が、成功を導いた目玉事業の一つといえるのかもしれないが、こうして育てて来ていただいたことに感謝したくなる。

 実際に、湖上の竜神大吊橋の橋台に立ち、目前に広がる晩秋を迎えた紅葉の奥久慈のパノラマ風景を見ながら、来られなかった30年間の感慨にふけるとともに、改めて観光施設や公共施設といった集客施設を維持・管理することの大切さ、大変さ、そして知恵やアイデアをしぼるといったソフト面の重要さを、思い返した。


 完成予想パース 資料:水府村観光振興計画、昭和63
 
  紅葉が美しい県立奥久慈自然公園と竜神大吊橋          ギザギザ形の主塔
  
   橋台の途中には湖面が覗けるガラス窓がある            いまはバンジージャンプのメッカになっている

() 写真撮影は筆者による
参考資料:竜神大吊橋パンフレット


※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません