2018.1.10
  「JR五能線に学ぶ地域振興」(1)
                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


 
10年近く前から福島県のいくつかの市町村で、公共交通に関する協議会に参加させていただいている。
 当初のころは、主な議論の対象はバス交通であったが、最近は鉄道やタクシーなどにもひろがっている。鉄道経営は、都市部においてはJRや大手私鉄が中心であることから、比較的自助努力により進められてきた。しかし、地方におけるローカル鉄道の場合は、JRを除くと中小私鉄による経営が中心であることから、マイカーの普及に加えて、人口(利用者)の継続的な減少という環境変化もあって、経営環境は厳しい。
 一方、タクシーの場合は人口の高齢化が進み、バスの停留所まで歩くのも苦痛・困難という高齢者が増えていることから、ドア・ツー・ドアという自由度が大きい公共交通として存在感が増している。

 筆者はそんな立場にあることもあり、最近、経営コンサルタントの遠藤功さんが書いた『五能線物語―「奇跡のローカル線」を生んだ最強の現場力―』(PHP研究所発行)を読んだ。JR五能線は、秋田-青森間の日本海沿いを中心に走る非電化・単線のローカル鉄道だが、「乗ってみたいローカル鉄道ナンバーワン」として評価されており(注1)、全国から観光客が訪れるような人気がある。

 しかし、このように人気になったのは約20年前からのことで、それ以前はふつうの赤字ローカル線であり、いつ廃止になってもおかしくないような状況にあった。
 本書は、その五能線がいかにして、今日の人気を得るに至ったのかという成功物語である。とくに著者が経営コンサルタントなので、経営戦略の視点からロジカルに書かれている点に好感を持った。
 鉄道に限らずバス経営の再建や、あるいは他業種のマーケティング戦略などにも応用できそうな魅力的な展開が感じられたので、以下に簡単に紹介してみたい。

 はじめに五能線の歴史をたどると、1987年4月の国鉄民営化時に、かろうじて「維持存続路線」となった。このとき、「特定地方交通線」として区分されると、3セク化やバス転換が進められた。
 そこで、存続に向けて、管轄するJR東日本秋田支社は、編成車両の削減、ワンマン運転化、駅の無人化など、徹底的な効率化を進めた。また、関係するメンバーたちには、徹底的なアイデア出しが求められた。
 しかし、深刻な過疎化、進む高齢化、押し寄せる車社会、どう考えても好転する要素は見当たらない。煮詰まったメンバーたちは、気分転換を兼ねて近くの白神山地に登ったところ、山頂からは雄大なパノラマが広がっていた。メンバーたちは、この素晴らしい自然を活かす道があるはずと考えた。

 しかし、五能線に実際に乗ってもらうためには、いくら素晴らしい自然環境があっても、世の中に知られていないのではなんにもならない。
 そこで秋田支社は、1989年12月に五能線営業所を設置して、五能線の独立化を進めた。系統色(縦割り型組織)を重視する鉄道会社が、ひとつの路線を独立させて商品化するのは、画期的な試みだった。ここに不退転の決意で、五能線を観光路線として売り出す組織がつくられた。
 そこで、沿線自治体との一体的な取り組みを模索し始めた。当時、沿線には秋田県能代市、青森県五所川原市など13もの自治体(現在は10市町村)があったが、バラバラに観光PRなどの活動をしていた。そこで1990年1月、沿線自治体とともに活動母体として「五能線沿線連絡協議会」(発足当時は五能線沿線連絡自治体協議会)を結成した。
 
(観光車両の投入)
 秋田支社は、五能線を売り出すためには、話題性が重要だと考えた。そこから出てきたアイデアが観光列車の投入だ。五能線には絶景が満喫できる面白い列車が走っているよ、という話題をつくり、全国に広げようという計画だ。
 1990年4月、「ノスタルジックビュートレイン」(公募による愛称)と名付けた観光列車の運行を開始した。そのコンセプトは「大正ロマン」とし、ゆったりとしたスペースと大きい窓を持った「眺望列車」とした。具体的には、内装にあたって木材を利用したり、夕日や海風など自然を体感できるように、一部にオープンデッキを設けるなどした。これは資金がないために、既存車両を改造したものだった。
 こうした取り組みは、マスコミに取り上げられたり、首都圏でのPRなどが効果を上げて、観光客はじわじわと増えた。しかしまだ首都圏からの観光客は少なく、東北からの客が大半であったことから、五能線を全国区にするための取り組みが進められた。

 時代はバブル経済期を経て、新しい旅の提案が求められていた。ちょうど、1997年に開業した秋田新幹線が、インパクトになった。つまり、新幹線という大動脈と五能線という静脈がつながることになり、秋田支社と沿線市町村はチャンスとみた。
 「ノスタルジックビュートレイン」も営業開始から7年たって話題性が低下していたことから、1997年4月、優雅さと快適さを求めた「クルージングトレイン」を投入した。「クルージングトレイン」とは、ちょうど日本海の絶景を楽しむことができる五能線を大海原に航行する「クルージング」に見立てたもので、目的地に早く着く鉄道ではなく、できるだけ長い時間を乗って欲しいと考えた。
 そこで、4両で総定員が144名というゆったりとしたつくりとした。車体の色は、白神の白と日本海の深青を基調とし、沿線の風景と調和するように工夫した。これが「リゾートしらかみ(青池編成車両)」の始まりである。ちなみに「リゾートしらかみ」は、快速列車(座席指定券が必要)であって特急列車ではない。
 また、新駅として同年、あきた白神駅を設置し、白神山地への登り口としての役割を持たせた。さらには、「観光駅長」の任命やディスティネーション・キャンペーン(JRと地元自治体が協働で実施する大型観光キャンペーン)も利用した。
 こうした努力が実り、1編成車両の「リゾートしらかみ」は、ほぼ連日満員状態になり、年間利用者数は順調に増えて約4万6千人となった。
 ただし、この時はまだ秋田新幹線こまちとディスティネーション・キャンペーンに支えられた人気であり、また来たいというリピート客を増やすことができるかが、大きな課題であった。

 実際、初年度(1997年)の約4万6千人をピークとして、2年目は約4万人、その後は約3万5千人と減少していた。
 そこで、「リゾートしらかみ」というハードのみに頼るのではなく、独自のサービスというソフト面での工夫を組み合わせることにした。秋田支社は「五能線沿線連絡協議会」とともに知恵を絞り、新たな観光メニューの開発として、観光地での「サービス徐行」、つまり景勝地では列車を徐行運転して写真を撮ってもらったり、千畳敷駅(青森県深浦町)では観光のために15分間停車する措置を導入した。 これにより、観光客は沿線有数の景勝地である千畳敷海岸に出て楽しむことができるようになった。
 また、車内イベントとして、津軽三味線の実演、民話などの語り部の企画を開始した。これらは1997年に始まり、現在まで続く名物となっている。
 さらに、地元の交通機関との連携を進めた。これにより2次交通を確保して、鉄道との接続を考えたバスダイヤの組み替えが実現した。また、「津軽フリーパス」は、JR、沿線自治体、弘南鉄道や弘南バスによる「津軽フリーパス運営協議会」の協力により、実現することができた。

 五能線人気を不動のものにするための最大の懸案は、編成を増やすことだった。「リゾートしらかみ」を投入して以来、1編成車両のみで運行してきたが、ゴールデンウィークや夏休みのピーク時には指定券が手に入りにくく、幻のチケットとなっていた。
 そこで2003年4月、新しく「橅(ぶな)編成」車両が投入された。車体は白神山地をイメージする深緑色に塗装された。これも既存車両の改造ではあったが、車両が増えたことで年間乗車人員は6万人を突破し、「リゾートしらかみ」の人気はさらに高まった。
 しかし、五能線や「リゾートしらかみ」を知らない人はまだ多い。そこで、秋田支社は積極的な情報発信、誘客活動を開始した。
 着地営業(観光地が出向いて地元の魅力を売り込む営業活動)の開発として、東京・品川での「リゾートしらかみ」車両の展示や体験乗車イベントなどを行った。また、白神山地の魅力の発信として、著名なC.W.ニコル氏、三浦雄一郎氏、田部井淳子氏らを招いた講演会などを開催した。
 2006年3月には、さらに新車両として「くまげら編成」が投入された。「くまげら」も既存車両の改造だが、日本海の夕日をイメージしたオレンジ色系統で塗られた。また、1年後に開設された東能代駅のお客様待合室入口も同系色に塗られ、待ち時間が楽しめるように、特産品販売などが行われている。
 これで「青池」、「橅」、「くまげら」の3編成車両からなるリゾート3兄弟が完成した。この結果、秋田駅、青森駅双方から出発する3往復体制が可能となり、五能線の旅はより便利で快適となった。
 なお、2010年12月の東北新幹線新青森駅開業にともない、「青池編成」車両は、新型の環境に優しいハイブリッド気動車となった。これは、ディーゼルエンジンとリチウムイオン電池によるモーターを併用した環境配慮型の車両である。
 このような経緯を経て、「青池」「橅」「くまげら」の3編成車両がそろった「リゾートしらかみ」人気は確固たるものとなり、1997年から14年目で累計乗車人数は100万人を突破した。
 また、2014 年12 月には、公認キャラクターとして「あおいけブルー」、「ぶなグリーン」、「くまげらレッド」が登場した。その後、若手社員のアイデアなどにより、3兄弟のポストカードや着ぐるみも製作され、人気を博している。

     
リゾートしらかみ青池とくまげら       奇岩景観が楽しめる千畳敷駅

リゾートしらかみ3兄弟

 あおいけブルー   ぶなグリーン   くまげらレッド
資料:JR東日本秋田支社ホームページ

(注1)楽天トラベル「 旅行好きが選ぶ、おすすめのローカル線ランキングTOP10」
https://travel.rakuten.co.jp/mytrip/ranking/localtrain/

以下、次回「JR五能線に学ぶ地域振興 (2)」 に続く

※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません。