2018.1.17
  「JR五能線に学ぶ地域振興」(2)
                                総括支援アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


 
コラム「JR五能線に学ぶ地域振興 (1)」に続けて、遠藤功さんが書いた『五能線物語』を紹介する。

(沿線自治体との協力)
 当初、五能線沿線連絡協議会は、沿線自治体首長らによる食事会程度の活動であり、しかも首長によるJRへの陳情ばかりだった。五能線沿線をどう盛り上げるかという広域観光に対する温度差を解消することは難しかった。
 設立から4年目、協議会はこの状況を打開するために、新たな取り組みに乗り出した。それまでは各自治体が個別にパンフレットやチラシを作っていたが、訴求力に乏しい。そこで、沿線市町村合同による「五能線沿線マップ」の作成にこぎつけることができた。
 このような活動を展開することで、当初の観光地の売り込みという「点」のアピールから五能線という「線」に拡大し、さらには地域の魅力を売り込むという「面」へと拡大を進めることができた。協議会が共通のプラットフォームとして少しずつ機能し始めたのだ。

 1995年、協議会は「五能線フォトコンテスト」を開催した。協議会としてはそれほど大きな反応は期待していなかったが、写真ファン、鉄道ファンの反響は予想以上に大きかった。日本全国から五能線を撮影するために熱心なファンが訪れた。
 協議会のメンバーたちはその反響の大きさに驚き、地元自治体や住民たちの意識を変えるきっかけとなった。その後、「五能線フォトコンテスト」は2004年までの10年間続けられ、五能線と沿線のすばらしさを伝える大きな役割を果たした。

 しかし、まだJRと自治体間には温度差があり、ちぐはぐなことが起きていた。たとえば、1997年、「リゾートしらかみ」の歓迎式典があるというので、五能線営業所長が地元自治体に挨拶に行ったら、その自治体の助役は「そんなことは聞いていない」と言い、観光客を乗せるバスも手配されていなかった。
 そうした状況のなかで、新任の秋田支社長は、沿線自治体の意識を変える施策を打ち出した。それは観光メニューを競わせる「コンペティション」の実施だった。
 五能線沿線の自然は確かに素晴らしいが、観光客が楽しめるメニューが不足していた。そこで、限られた観光地からの脱却をはかるために、観光開発メニューを自治体から応募してもらい、その内容によって「リゾートしらかみ」の停車駅を決定する「コンペティション」方式に転換した。
 こうした秋田支社の本気さは、沿線自治体にも伝わり、エコツーリズムやしらかみ探検隊の実施(八森町)、海底透視船の運行(深浦町)、能代駅へのバスケットゴールの設置(能代市)などの提案が出てきて、しだいに地元自治体も本気になった。

 このような観光メニューを考案する際に有効だったのが、「長い停車時間」だった。五能線は単線のため、列車の行き違いのために一部の駅では長時間の停車を余儀なくされる。つまり待ち時間が長くなるわけだが、JRや自治体はその欠点を逆手にとって、活かそうと考えた。
 すなわち、退屈な待ち時間を、多様な観光メニューを楽しんでもらう絶好のチャンスと考えた。そこで、沿線の名所や観光スポットを訪ねてもらったり、駅のホームでちょっとしたイベントを楽しんでもらったり、特産品を買ってもらうなどの知恵をしぼった。

 また、地元の人たちの意識も少しずつ変化し、「手を振り隊」を結成したり、列車が駅に到着すると、地元の小学生らと一緒に歓迎の横断幕を掲げ、歓送迎の気持ちを伝えた。
 この活動を始めた深浦駅の近くで食べ物屋を営む女性は、その思いを「JR主催のフォーラムに参加したときに、『JRは観光客を連れてくる。その後、沿線の皆さんがどうするかにかかっている』と言われた。町のみんなが何かできることはないかと考え、『手を振り隊』を始めた。JRが連れてきたお客さまを満足させるのは、私たちの役目だと思っている」と語っている。
 同時に、観光客にとって大事な2次交通の整備も徐々に進んだ。各自治体はバスを手配したり、無料送迎タクシーを用意した。それらによって、観光客の利便性は徐々に高まっていった。
 1987年当時、パンフレットに掲載された観光メニューは数えるほどしかなかったが、1990年には10種類に増え、2008年には30種類を超えた。そして現在では50種類を超えるメニューが、観光ガイドブック『五能線の旅』に掲載されている。

 首都圏の客は「非日常」を求めている。そうした「非日常」が詰まっている五能線という「路線」を、商品としてアピールする。このために、秋田支社の観光開発手法は、この時点で大きく変わった。
 沿線の自治体などと連携して生み出した地域の魅力を、最大のマーケットである首都圏で徹底的に情報発信し、販売促進に取り組んだ。白神山地、十二湖、北前船など、五能線沿線の情報が首都圏の駅を飾った。
 五能線の成功において、パンフレットが果たした役割は大きい。現在では、『五能線の旅』は年3回(春夏、秋、冬)、計28万部刊行されている。2008年には、英語版のパンフレットも登場しており、年々増えている外国人観光客にとても好評だ。
 このような五能線における沿線価値の向上、そしてそのマーケティング手法は、日本における広域観光モデルの手本として高い評価を得ている。

 沿線の自治体は隣町同士でありながら、相互の関心は低く、情報は遮断されていた。その壁を取り払ったのが、協議会であった。
 協議会は「プロモーションは協同、施策は個別」という基本的な考え方を明確に打ち出している。五能線の知名度を高めるプロモーション活動は、協同で取り組む。しかし、個別の施策についてはそれぞれの自治体が自律的に動き、独自性の高い観光メニューの開発に継続的に努力する。
 協同と自律、協創と競争。自治体をつなぐことで五能線の沿線価値は大きく高まったのだ。

(時代を読む力と経営理念)
 では、なぜ五能線の人気はこれほどに高まったのか。既述してきた関係者の努力に加えて、時代背景も大きい。
 私たちはスピードアップの時代に生きている。たとえば、鉄道でも新幹線の開通効果は絶大だ。しかし、その対極にある五能線のようなローカル線が人気を博している現象をどう理解すればよいのか。
 非日常を求める観光客にとっては、「遅い」「ゆっくり」は大きな価値になりうる。こうした「スローの価値」を提供する先がけとなったのが、五能線なのだ。
 つまり、新幹線のネットワークを活用するためには、観光需要の拡大が大きな経営課題であり、五能線は単独路線でみれば赤字ローカル線だが、新幹線ネットワークの活用という観点からみれば、極めて価値の高い路線なのだ。
 秋田支社や五能線沿線連絡協議会が音頭を取り、沿線自治体がさまざまな観光メニューを開発し、提案することによって、スローを楽しむ五能線の価値は格段に高まったのだ。

 なお、このような展開が可能となった背景には、秋田支社による「AKITA Way」があった。これは、秋田支社が打ち出した現場力を重視する経営理念だ。
「AKITA Way」の8つの指針(要旨)
1 お客さま視点
  自分がお客さまだったらどうして欲しいかを考える
2 「気づき」(真実の瞬間)
  問題は改善のタネと考え正面から向き合う
3 真の原因究明
  「なぜ」を5回繰り返し、根本的な原因を探る
4 当事者意識
  自分の課題として受け止める
5 「見える化」と「共通認識」
  仕事上のあらゆるものを「見える」ようにし、みんなが同じ認識を持てるようにする
6 「納得」と「共感」
  お互いの考えを理解し、組織の壁を乗り越える
7 未来志向の現状否定
  今のやり方で良いか、知恵と工夫で変える
8 「真のプロ」意識
  「鉄道人」であることに使命感と誇りを持ち行動する
というものだ。

 秋田支社には贅沢な資産やすごい技術があるわけではない。そんな支社が際立つ存在になるためには、支社で働く全員がその持てる力を発揮し、1つのチームとして新たなことに挑戦し続けるしかない。
 そうした覚悟や意識が「AKITA Way」に他ならない。秋田支社の泥臭い現場力は、「AKITA Way」という共通の価値観によって支えられている。このような考え方のなかから、五能線に秋田名物の「なまはげ」も登場した(演じているのは東能代運輸区所属の職員)。
 つまり、使い古された車両を改造する。沿線の自治体と連携し、新たな観光メニューや独自サービスを次々に開発する。地に足の着いた観光開発を粘り強く展開する。こうした秋田支社の取り組みが積み重なって、五能線は奇跡の復活を遂げたのだ。

(まとめ)
 以上に、筆者なりの視点から、本書の大意をまとめてみた。しかし、小論では紹介しきれない内容も多いので(注2)、興味ある読者は、是非本書を手にとっていただきたい。
 こうしてまとめてみると、協議会というプラットフォームの結成、観光列車の投入(既存車両の活用)、新駅設置、観光駅長の任命、サービス徐行、車内イベントの開催、2次交通の確保、着地営業、情報発信・PR、パンフレットづくり、新型車両の投入、公認キャラクターづくり、コンペティション方式の導入、「手を振り隊」の結成など、ローカル鉄道に限らず類似事業や地域の再生に向けた魅力的なアイデアやヒントが、満載されているといえよう。
 ただし、これらの採用にあたっては、それぞれの事業や地域の実情を勘案し、取捨選択や創意・工夫を加える必要があることは言うまでもない。

 最後に、筆者なりの視点から、五能線の再生から学んだ大きなポイントを、以下に列記してみたい。
○長期にわたる努力の積み重ね
 最も感じたのは、約30年間にわたる試行錯誤を重ねたJRや沿線自治体による努力だ。厳しい経営環境のなかで乗客数や観光客を増やすためには、一歩一歩とアイデアや努力を積み重ねることが大切で、そのためには、しっかりした組織や経営理念が不可欠だ。
○JRと地元自治体の一体となった活動
 いかにして協議会がうまく運営できたのか。しっかりした組織から、JRと地元自治体が一体となった活動から生まれている。自分たちの目的を実現するためには、お互いの信頼、協力に基づいた切磋琢磨が大切だ。
○時代変化を読む力、経営理念・コンセプトの大切さ
 長い活動の間には、時代変化や観光客のニーズ変化など外部環境の変化や内部でも人事異動や組織変化などがある。そこで、活動が途切れたり、迷走しないためには、時代変化を読む力、そしてしっかりした経営理念やコンセプトの共有が大切だ。
○「人」を活かす
 とりわけ利用できる資金や資源が限られている場合、頼みの綱は「人」になる。とくに活動力や柔軟な発想・アイデアに優れる若い職員のやる気を引き出し、伸ばす努力が大切だ。

 つまり、関係する1人ひとりが、当該事業の経営者(当事者)になる覚悟を持つことで、現場からの創意・工夫が生まれ成功につながる、といえるのではないか。

(注2)紹介できなかった魅力的な内容の1つに、「蜃気楼ダイヤ」がある。これは五能線ならではの画期的な試みで、運行する列車が観光客の利便性のために、停車時間を利用して一時的に駅を3つ戻る行為で、時刻表には載っていなかった。このため「蜃気楼ダイヤ」と呼ばれ、西村京太郎のサスペンス小説『五能線の女』では事件のトリックとしても使われ、観光客の人気となった。1999年4月~2005年11月の間、実施された。

参考資料:
遠藤功『五能線物語―「奇跡のローカル線」を生んだ最強の現場力―』PHP研究所、2016年7月
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-83009-4

※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません