最近、仕事で福島県南部にある矢祭町を訪れた。県の最南端に位置しているので、町の人に聞くと、隣接している茨城県大子町や常陸太田市さらには栃木県大田原市や那須高原などに出かけることも多いとのこと。町民の生活圏は白河市などの福島県南部に加えて、茨城、栃木の3県にまたがっているようだ。
役場での会議まで少し空き時間があったので、毎年春には山肌一面に咲くツツジやサクラで、また秋には紅葉で有名な奥久慈県立公園内にある矢祭山公園まで足を伸ばしてみた。
矢祭山公園はJR水郡線矢祭山駅の目の前にあり、見どころは水郡線や国道118号あるいはほぼ並行して流れている久慈川の東西両側に広がる山の裾野一帯にある。
東側には、久慈川や矢祭の市街地を見下ろす景勝地でもある檜山(標高510m)を屋根にして、花崗岩が露出する急峻な山肌やゆるやかな裾野にひろがるハイキングコース、キャンプ場、バンガローなどがある。
一方、西側には、矢祭山(標高383m)の山肌をぬうようにハイキングコースや探鳥路が整備されている。今回は時間が限られていたこともあり、約一時間かけて、このハイキングコースと探鳥路を中心に歩いてみた。
山全体に樹木が発達しているので、駅前から山に入るとすぐに都会の喧噪から離れて、ちょっとした自然探訪感を味わうことができた。
ツツジやサクラ、マツなどに囲まれたルート上には、矢祭神社や各種の石碑、あずまや屋、太鼓橋状の赤く塗られた月見橋、仮設の売店があったりする。売店にはシートがかけられていたので、観光シーズンのみ営業しているのだろう。
矢祭神社は、各地の集落などで見られるような比較的簡素な木造の建物だ。しかし、歴史的には、平安時代に源義家(八幡太郎義家)が奥州12年戦争で勝利して凱旋する途中、通りがかったこの地の美しさに魅了され、背負っていた弓矢を岩窟に納めて武運長久を祈った、といういわれがある。ちなみに「矢祭」という町名は、この伝承に由来するらしい。
散策路から山肌に沿って登る探鳥路に入ると、少し急な斜面が多くなるが、おおむね階段などが整備されていて、比較的歩きやすい。足裏に地面をしっかりと感じながらせまい道を進むと、野鳥のさえずりをはじめ、セミ、チョウ、トンボ、クモ、ヤモリなどの小動物と出会うことができた。
町のホームページによると、このあたり一帯は鳥獣保護区として指定されており、キジ・ヤマドリ・ムクドリ・キビタキ・カワセミ・ツグミ・ヒガラ・イカル・サンコウチョウ・コルリなどの野鳥や、イノシシ・ウサギ・キツネなど90種類以上の鳥獣が生息しているという。あとからマムシもいるらしいことを知って、少々驚いた。
また、探鳥路の樹間からは、対岸に広がる檜山や矢祭山などに絶壁のように岩肌を露出する奇岩を眺めることができ、あたかも中国は桂林の墨絵を見るような錯覚を感じた。また、遠くには周辺の山並みが眺望でき、青空と一体となって開放感がある。
一方、眼下には、ゆったりと流れる久慈川、赤く塗られたあゆのつり橋などがかい間見えて、緑に囲まれた自然景観を楽しむことができる。
あゆのつり橋は、昭和62年に久慈川対岸にある夢想滝やキャンプ場、ハイキングコースなどに行く歩行路として町によりつくられた。赤く塗られた歩行専用の吊り橋で、公園のランドマークになっている。橋から見る久慈川沿岸の眺めも良く、季節の花々や紅葉などを楽しむことができる。
本来ならば、眺望が開ける檜山山頂まで足を伸ばしたかったのだが、そうすると3-4時間のコースになるとのことで、今回は残念ながらあきらめた。おそらく公園全体をめぐると、家族連れなどが一日遊べる行楽地といえそうだ。
なお、キャンプ場にはバンガローなどもあるが、ゆっくり宿泊したい場合には、公園から4キロほど離れた町市街地にある東舘温泉の旅館「ユーパル矢祭」(矢祭振興公社が運営)に泊まり、露天風呂で汗を流すとともに、郷土料理を楽しむこともできそうだ。
散策しながら、ちょっと変わった建物に出会った。それは国道118号に面して建つ「矢祭ふれあいターミナル」だ。かなり広い駐車場がある休憩所なのだが、「女性専用有料トイレあり」という看板が目に付いた。このあたりで女性専用有料トイレという発想がめずらしいと思った。
もちろん休憩所の利用は無料だが、有料トイレの利用料金は100円とのことで、ドライブの途中に赤ちゃんのおむつ替えや冠婚葬祭時の着替えなどに利用する客も多いらしい。
筆者が訪れたときには町から委託された管理人の夫婦以外、訪問者は誰もいなかったが、やはり春、秋などの行楽シーズンには、けっこう利用者が増えるとのこと。
建物内には観光地図やパンフレット、そしてイスやテーブルが置いてあるくらいだったので、探鳥路にちなんで観察できる鳥や小動物の写真、はく製があったり、鳴き声の音声紹介、樹木、草花の解説パネルなどがあると、より楽しめるように思った。
なお、管理人さんの話に寄れば、矢祭公園とともに、町なかから車で国道349号沿いに10分ほど走ったところにある滝川渓谷も楽しめるとのことだ。「東北最南端の秘境」というキャッチコピーが付けられているが、全長3キロほどの遊歩道が整備され、大小さまざまな滝や奇岩、展望台などがあり、新緑や紅葉に彩られた渓谷美が見事らしい。
筆者は過去に茨城県北の観光開発にも関与したことがあるので(注1)、茨城県と福島県にまたがる奥久慈県立自然公園を中心とした広域観光コースを考えてみた。
この辺りではもっとも集客力がある日本3大瀑布の一つに数えられている袋田の滝(大子町)や竜神峡、竜神大吊り橋(常陸太田市)を組み込みつつ、矢祭公園でツツジや紅葉を鑑賞したり、スポーツやハイキングあるいは久慈川で釣りや水遊びを楽しむ。隣接する塙町では風呂山公園のツツジや湯岐(ゆじまた)にある湯遊ランドはなわダリア園を鑑賞したい。湯遊ランドでも宿泊やスポーツ、露天風呂などを楽しむことができる。
そういえば10年くらい前、湯岐温泉を訪ねたときに、偶然、天然の岩風呂に出会い、とても驚いた。それは、自然のままの温泉の湧き口の上に風呂場をつくったもので、湯船の底になっている花崗岩の間からブクブクと温泉が湧き出ていた。
ちょっとした野趣が楽しめたが、男女混浴だったので、筆者がひとりで朝入浴したときには先に地元の女性5~6人が入っており、少々、肩身が狭い思いしたことをいまでも覚えている。(注2)
さらに、塙町と隣接する棚倉町には、戊辰戦争で戦場となった棚倉城跡(亀ヶ城公園)や、西暦807年(大同2年)に弘法大師により開山されたといわれる山本不動尊がある。これらの地域も自然公園区域に指定されており、歴史とともにハイキングや渓谷美を楽しむことができる。また、町内には陸奥国一ノ宮として格式が高いとされる馬場都々古別(ばばつつこわけ)神社、八槻(やつき)都々古別神社があり、その社殿は一見の価値がある。
棚倉のまちなかには、このあたりでは有名な洋菓子店もあるので、スイーツを味わいつつ、県南の自然や歴史・文化を堪能してみてはいかがだろうか。
なお、さらに少し足を伸ばして、第42回(2016年)プロが選ぶ「日本のホテル・旅館百選」の総合第1位に選ばれた母畑(ぼばた)温泉(石川町)にある八幡屋(やはたや)に宿泊するのも、楽しそうだ。
これは36年間、第1位を続けてきた和倉温泉(石川県)にある有名な加賀屋から奪取したという画期的なできごとなのだ。しかも矢祭山公園の管理人さんによれば、施設や食事のグレードの良さに比べて利用料金は割安とのことだ。
ちなみにこの母畑温泉にも、八幡太郎義家が奥州征伐の途中、馬の傷を谷間の清水で洗ったところ、たちまちにして傷が治ったという伝説が残る古湯とのいわれがあり、矢祭神社の説明で触れた源義家つながりとして、楽しむこともできそうだ。
矢祭山公園を組み込んだ1泊2日程度の奥久慈県立自然公園を中心とした自然や歴史・文化を堪能する周遊観光、これからのさわやかな紅葉シーズンにあわせて訪れてみてはいかがでしょうか。
  
月見橋 矢祭神社 あゆのつり橋
  
探鳥路 奇岩の景観 久慈川とあゆのつり橋
  
道ばたに咲く植物 周辺山並みの眺望 矢祭ふれあいターミナル
(注1)当時の経緯については本欄コラム「念願だった竜神大吊橋を訪ねて」(2016.12.15)に書いている。
http://www.f-jichiken.or.jp/column/H28/yosioka278.html
(注2)以前宿泊した山形屋旅館(湯岐温泉)の場合、現在は男女の入浴時間などに規定があるようだ。
http://yujimata-yamagataya.jp/
参考文献:
福島県ホームページ「しらかわ-福島県県南地方-[観光情報][カテゴリ別-神社・仏閣]矢祭神社、山本不動尊、馬場都々古別神社、八槻都々古別神社
https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/01230a/jinjya-01.html
矢祭町ホームページ
http://www.town.yamatsuri.fukushima.jp/page/page000066.html
※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式見解を示すものではありません
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