2019.02.22
  「どっちを向いて仕事をしている?」

                       総括アドバイザー兼教授 吉岡 正彦


 
筆者はふくしま自治研修センターの総括支援アドバイザー兼教授という立場で仕事をさせていただいて約11年になるが、この間、福島県や県内市町村などで、ほぼ毎年10数件の調査研究や委員会活動などに係わってきた。
 自治体職員や地域の皆さんらとともに、考えたり、悩んだり、アイデアがひらめいたりと、とても有意義な時間を共有させていただいたことに感謝している。
 そんな経験のなかで、いまでも強く印象に残っているエピソードをひとつ紹介させていただきたく思う。

 たしか2015年、東日本大震災から4年を経た時期に参加させていただいた浜通りに位置するある自治体の避難指示解除を検討する委員会での出来ごとだ。
 その自治体は東電の原発事故の影響を受けて、全町避難を余儀なくされていた。しかし事故から4年を経過して、一部地域では放射線量の低下が進み、避難指示解除の可能性がみえてきた。そこで、解除する妥当性について検討が行われた。
 結果として、当該自治体は、その後一部地域について避難指示を解除し、住民の皆さんは6年ぶりに故郷に戻ることが可能になった。

 検討をおこなった委員会は約半年間続けられ、大学の先生方らによる有識者委員や住民代表と、除染や復旧作業を進める国や関係機関との間で、地域の放射線量の状況や除染の進め方などについて、緊迫した質疑が行われた。
 ある時、ひとりの住民代表から帰還に向けた条件の一つとして、町内を流れる河川の安全な水質基準の考え方について質問があった。すると、ひとりの国の関係者から、安全かどうかは担当外ではあるが、水質変化については今後とも注視していきたいという主旨の回答があった。
 その回答に対して、ある有識者委員から「あなたには住民の視点がない。どっちを向いて仕事をしているのか。」との発言があり、この発言を聞いた瞬間、筆者はハッとさせられた記憶が残っている。

 発言した国の関係者は自分の職務に沿い、わかる範囲で回答をしたと考えられるが、住民が知りたいのは、帰還できるかどうかの安全性である。残念ながら、その答えにはなっていなかったため、有識者委員からこのような発言が飛び出たのであろう。その後、国の他の関係者から、住民の意見を踏まえて検討したいとの回答があり、その場はなんとか収まった。
 その委員会を終えた帰路に、故郷に帰りたいと願う住民の皆さんに寄り添うということはどういうことなのか、改めて考えさせられた。自分が正しいと思うことを発言するだけではなく、同時に相手の気持ちを思いやる必要があるのではないかと。
 
 新人のころから各地でコンサルティングをさせていただくときには、その地域が自分の故郷だと考え、親身になって仕事をするように心がけてきたつもりではあった。しかし、その出来ごとがあってからは、より一層このことを心がけるようにしている。
 昨今、政治の世界などでは詭弁やごまかしの議論が多いが、住民生活に直結する地域の現場に係わる立場にある者としては、どっちを向いて仕事をしているのか、とつねに問いながら仕事をしたいと思う。

 ※ このコラムは執筆者の個人的見解であり、公益財団法人ふくしま自治研修センターの公式
   見解を示すものではありません。